本日の話は、自分の経験からパニコがふと思ったことについてである。 それは、「人に合わせる」という行為は、ある意味無責任では…?ということだ。 前回の記事で、パニコは以前、人に合わせることが習慣になってしまっていた、という話をした。それは、「みんなに嫌われたくない」という一種の承認欲求からだったのだが、それに加えて、人に合わせることで「安心感」を得ていたのも確かだった。 それは、自分が責任を負わなくていい という「安心感」だ。 人に合わせるということは、考えようによっては「共感性」とも捉えられる。 他人の意見を尊重すること。 その場の空気をみださないこと。 これらは、日本の社会で重視される風潮にある。 しかし、人に合わせることは、本当に共感性なのだろうか。 他人を尊重しているようで、実は、自分で決断することから逃げているとも言えるのではないだろうか。 決断するという行為には、かなりのエネルギ

