「mehori さん、それは僕にもよく思いだせない。だからこのリストに加えておこう」 痩身で薄く微笑みを浮かべているその人は手にした黄色いリーガルパッドに何かを書き付けながら言いました。 「じゃあ、はじめようか」 プリンストン大学のはずれに位置する研究所の一室で、私はそもそも自分が学生時代に初めて読んだ英語論文の著者と相対していました。その人は自分の想像していたよりもずっと穏やかで、いつも探るような不思議な目を向けてくるのでした。 そんな彼に、私はついさきほど、12年も前に彼が使っていた大規模なコンピュータプログラムを使わせてほしいという、大それた願いごとを、緊張で上がりきった声でなんとか口にしたところでした。 彼、以前から紹介している一流の研究者の紹介でお会いする事ができたその人は、別段怒る風でもなく「けっこう古いファイルを探し出さないとな…」と作業量を見積もるようにつぶやいたのでした。