息子が一人暮らしを始めるために探してきたマンションは、マンションというのも憚られる小さな部屋だった。六畳一間にキッチンと風呂。かろうじてベランダはあるが、向かいのビルが目の前をふさぎ圧迫している。 むしろ私にはそれが好ましかった。 ここから彼の人生が始まる。分相応で背伸びをしていない。給料があがり余裕がでるにつれ、もっと広いもっと居心地の良いところへと移っていくのだろう。そして何年も経ち中年になった頃、きっとこの小さな部屋をなつかしく思い出すのだ。 昭和のニューミュージックの世界観を勝手に思い描き、いかにも一人暮らしはじめの一歩という部屋だと喜んだ。 夫はそもそも家を出ることを反対した。 家賃がもったいない。それを貯金すれば年間どれだけ貯まるか。さらにそれを資産運用するほうがずっといい。 せっかく実家に住んでいるのに出ていく必要はない。 全面賛成の私が眠ったあと、夜な夜な息子に囁く。 そし