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2012年5月5日のブックマーク (3件)

  • 坂田藤十郎 (4代目) - Wikipedia

    四代目 坂田 藤十郎(さかた とうじゅうろう、1931年〈昭和6年〉12月31日 - 2020年〈令和2年〉11月12日)は、歌舞伎役者。屋号は山城屋。定紋は五つ藤重ね星梅鉢、替紋は向い藤菱。位階は従三位、文化勲章受章者。日芸術院会員、重要無形文化財保持者。 前名の三代目 中村 鴈治郎(さんだいめ なかむら がんじろう)、また初名の二代目 中村 扇雀(にだいめ なかむら せんじゃく)としても知られる。日舞踊雁音流の家元として雁音 歌扇(かりがね かせん)を名乗った。は女優で政治家の扇千景、妹は女優の中村玉緒。 現代歌舞伎の大看板のひとりでもあり、また上方歌舞伎の復興プロジェクトでも主導的な役目を務めたほか、近松門左衛門作品を原点から勉強し直すために劇団近松座を結成し、尽力した。 日中にブームを巻き起こした『曾根崎心中』のお初は当たり役とされている[1]。 1931年12月31日 二

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  • 中村鴈治郎 (2代目) - Wikipedia

    二代目 中村鴈治郎(なかむら がんじろう、1902年(明治35年)2月17日 - 1983年(昭和58年)4月13日)は、日の歌舞伎役者。屋号は成駒屋、定紋はイ菱。日芸術院会員、重要無形文化財保持者(人間国宝)。名:林 好雄(はやし よしお)。 上方歌舞伎の伝統を継承し、立役から女形まで幅広い芸域を誇ったが、特に父・初代鴈治郎譲りの二枚目役においてその領を発揮した。 大阪生まれ。初代中村鴈治郎の二男。1906年(明治39年)、京都南座で初舞台。1909年(明治42年)、初代中村扇雀に改名。幼少期は子供芝居で、やや長じては青年劇中村扇雀一座の座頭として活躍する。1924年(大正13年)に大歌舞伎に復帰し、以後初代鴈治郎・二代目實川延若・十二代目片岡仁左衛門などのもとで修行。当時は主に女形を務めた。 1935年(昭和10年)初代鴈治郎が死去。このころから若手の有望株と目され、1941年

    中村鴈治郎 (2代目) - Wikipedia
  • 山田五十鈴 - Wikipedia

    毎日映画コンクール 女優主演賞 1952年『箱根風雲録』 『現代人』 1956年『母子像』 『と庄造と二人のおんな』『流れる』キネマ旬報ベスト・テン 女優賞 1956年『と庄造と二人のをんな』 『流れる』 1957年『蜘蛛巣城』『どん底』 『下町』 山田 五十鈴(やまだ いすず、1917年2月5日 - 2012年7月9日)は、日の女優。名︰山田 美津(やまだ みつ)。愛称は「ベルさん」。位階は従三位。 概要[編集] 戦前から戦後にかけて活躍した、昭和期を代表する映画女優の1人である。 時代劇映画の娘役を経て、溝口健二監督の『祇園の姉妹』で地位を確立。以来、優れた演技力で数多くの名作に出演した。1960年代以降は舞台女優として活動し、水谷八重子、杉村春子とともに「三大女優」と呼ばれた[1]。また、テレビドラマ『必殺シリーズ』では女仕事人役を演じて人気を得た。2000年(平成12年)に

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