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2006年12月7日のブックマーク (2件)

  • 日本の教育ってそんなにすごいと思われてるのか! - 山形浩生の「経済のトリセツ」

    こないだ、一泊四日という強行軍で、日の発展と教育についての話をクウェートでしてきたのだ。日教育は高い経済成長の原動力となりました、でもつめこみ教育やゆとり教育でなかなかうまくいかないし、問題も多発してますよ、というごく標準的な話だ。いや、標準的でもないな。ぼくは日教育が経済成長の原動力といえるかについて、ちょっと疑問を抱いているもので、なぜそれが疑問なのかについてもいろいろしゃべったのだ。この話はまたあとでしよう。 で、みんな結構おもしろがってきいてくれたんだけれど、クウェート側から出た質問で非常に意外だったものがある。「いや俺たちはクウェートの教育がだめで、日教育は完璧ですばらしい成果をあげていると思っていて、今日はいろんなサクセス・ストーリーが聞けると思っていたら、そんなにいろんな問題を抱えているとは知らなかったよ」というものだ。 えー、日教育ってそんなすごいものだと

    日本の教育ってそんなにすごいと思われてるのか! - 山形浩生の「経済のトリセツ」
  •  「空気を読め」と「スルー力」の同調圧力 - 力士の小躍り

    スルー力とは、自らが身に付けたら便利な能力に過ぎないのであって、他者に安易に強要してはいけないものではないかと思う。 今話題の「スルー力」というのは、完全に身に着けてしまったら、ただの「他人の話を聞かない奴」であって、使われている「スルー力」の語彙のニュアンス的な意味としては「大事なことには興味を持ち、不要なものに対しては気に止めずに流す能力」ということになります。 この定義による「スルー力」は必要かどうかと問うことは、あまり意味がない。というのも、最初から「必要なものと不必要なものをフィルタリングする能力」という絶対的価値観が付帯されているからだ。そりゃ有った方が良いに決まっている。 で、そのフィルタリング能力があった上で「不要なものに対しては気に止めずに流す」という能力も、有ったほうが有益であるわけだけれども、精神衛生上の問題として「気に止めず」が可能かどうか。気に病みながらスルーして

     「空気を読め」と「スルー力」の同調圧力 - 力士の小躍り