YouTubeは、「表現の自由」、「情報にアクセスする自由」、「機会を得る自由」、「参加する自由」の4つの自由を、YouTubeの「在り方」として定義している。「自由」を標榜するからこそ、その「自由」を守りたいからこそ、その「自由」を利用しようとする「悪意」に対してYouTubeは正しい。 一方、「なんJ民」はどうなのか。本稿において「なんJ民」の行動を、始めは「悪ふざけ」と表現したが、事態が拡大化する中で「悪ふざけ」は「活動」に変わった。 彼らは「祭り」と呼んでいるが、結果的には「革命」と言えるような話でもある。だから「BAN祭り」に対して評論するのなら、通報ひとつでもしろという「なんJ民」の意見にも特に反論はない。 今回の一件で強く感じることは2点ある。一つは「匿名性」のことだ。 筆者はかつて本サイトに「ウイダーinゼリーの投票キャンペーンで起きた大いなる悪ノリを、主催者は予想できなか