東京工業大学の私の研究室に 所属している 野澤真一と石川哲朗の 修士課程における研究の 構想発表会があった。 社会全体からみれば、ちいさな 出来事かもしれないけれども、 二人にとっては、大きな、とても巨きな 試練だったはずである。 二人が話すのを聞き、 また会場からの議論を聞いた後で、 昼食をとるためにみんなですずかけ台駅 近くのそば屋に行きながら考えた。 現代の認知科学の研究からすっぽりと 抜け落ちている一連の問題があって、 それは、 フロイトとか、ラカンとか、 そんな人たちが考えたことに 通じている。 自己を支え、超越し、新たに生まれ変わる。 そのような生命の本質が主観的に 現れるとき、一連のすさまじくも切ない 体験が生まれるが、 認知科学として計量化された 問題設定においては、生きるか死ぬか、 切ったはったの問題群は抜け落ちてしまう。 ボクの大切にしている友人たち、 たとえば神戸大学