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ブックマーク / azumy.hatenablog.com (2)

  • 「空気読めない」の多層性 - 深く考えないで捨てるように書く、また

    「空気読めない」の範囲 - 深く考えないで捨てるように書く こちらにコメントをいただいたりして、あっそうか、と思ったこと。 「空気読めない」と「(あえて)空気読まない」は、空気を読む側からすると大きな違いだ。前者は、その場で自分に期待されている役割や行動について思いつかない、気がつかない、ということ。後者は、そういった期待されている役割・行動について承知しているけれど、わざとそれを行わない、期待されない役割・行動を呈する、ということ。 この2つのもっとも大きな違いは、実際に自分に期待されている役割・行動について承知しているかどうか、だ。 だから、「(あえて)空気読まない」は、その期待されているものに対する反対意見あるいは否定意見である、ともいえる。 一方、「空気読めない」場合は、期待の内容そのものを承知していないから、「空気読めない」行動はなんら期待に対する価値判断を行っていない、というこ

    「空気読めない」の多層性 - 深く考えないで捨てるように書く、また
    dasaitama_osamu
    dasaitama_osamu 2008/02/05
    『判断する側もまた、正しく「空気を読める」のでないと、判断できないってことだ。』KYって言った奴がKY!/『「空気」の判断をより正確に』しようとする行為の積み重ねで空気が醸成されてくることもありそう。
  • でもネットはそこが良い - 深く考えないで捨てるように書く、また

    ネット知人は友人にならない - 深く考えないで捨てるように書くという記事を書いた。 これだけを読むと、「つまりネットの人間関係には期待しないということか?」だの「ネットで友達をつくるなんて発想はおめでたいとでもいうのか?」だの「友人にもなれないような相手になんであれこれ心情を吐露できるの?」だの、いらない行間を読むこともできてしまう。 だが、そういう話ではないのだ。むしろ逆。 ネットでは、友人同士だなんだなんて暑苦しいことを言わなくても、心の中をぶっちゃけてもしまえるし、他人の吐露した心情を受け止めることもできるし、共感したり、感心したり、また逆説的だけど、できれば友人にはなりたくないような人の気持ちや発言を真っ正面から読むことすらできる。あるいは、普通なら自分じゃ友人になどなれないようなすごい人の話を読んで、反応することさえもできる。 ネットでは友人だの親しいだの繋がりが深いだの、そうい

    でもネットはそこが良い - 深く考えないで捨てるように書く、また
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