タイガー立石(タイガー たていし、1941年12月20日 - 1998年4月17日)は、日本の画家、漫画家、絵本作家、陶芸家。本名、立石紘一(たていし こういち)。福岡県田川市出身。 筑豊の伊田町(現福岡県田川市)に生まれる[1]。戦後復興から高度成長期の時代に少年期を過ごし、映画や昭和歌謡などに囲まれて過ごした。武蔵野美術短期大学への進学・上京を期に美術活動を開始する[2]。最初は本名で活動し、1963年の読売アンデパンダン展でデビュー[1]。画家中村宏と「観光芸術協会」を結成[1]、わずか2年で解散するも中村とともにアバンギャルドな作風と活動方針(雑踏の中で自作を掲げて歩く路上歩行展など)で一時代を築いた。この時代の立石は和製ポップアートの先駆けと評される[2]。 1965年、タイガー立石のペンネームで漫画を書き始め、ナンセンス漫画の連載を持つまでに到る[1]。公私に渡り関わりが深かっ