■抒情、果敢に切り開いた作家 二月に亡くなった津島佑子は、女性の産む性を主題とした作品で出発した作家であった。そこでは婚姻という社会制度は拒否もしくは回避される。『山を走る女』は産む性である女性とその子どもを描いてきた作品の中でも、集大成というべきものだ。 都会の園芸店に勤めながら、幼い子どもを育てる女のイメージのもとは山姥(やまんば)だ。足柄山の奥で金太郎をひとり育てた山姥のイメージが都会の園芸店に置き換えられている。作中では保育園の保育日誌が多用され、女親と子どもの間に流れる豊かな時間が提示される。やがてそこに男という存在が登場する。男であって父親ではない。子がいる女も、そこでは母親ではなく女である。 婚姻という社会制度の外側で子を持つというテーマは一九七〇年代後半、世界的な関心事であった。看護婦が戦争で脳に障害を負った男によって子どもを持つというジョン・アーヴィングの『ガープの世界』