あとがきを閉じる あとがき自分が居なくても正常に成り立つ場所が好きな小道さん。今日も今日とて商店街で賑わう人混みの中を溶け込むように歩みを進めていた。 道中に謎のぬいぐるみおばあちゃんが話しかけてくる。それから古道さんは純朴商店街という謎の場所に迷い込んでしまう⋯。 一体どうなってしまうんだ!と、焦り泣くの様子もなく歩き続ける、そんなマイペースな古道さんの散歩物語。 (2025年、再録作品)
沖縄県の言論空間を事実上独占する「沖縄タイムス」と「琉球新報」の地元2紙において、報道の公共性を根底から揺るがす事態が相次いで発覚した。 全国紙のシェアが極めて低く、地元紙の占有率が98%以上に達するともいわれる沖縄。この「競争なき言論市場」が生んだ報道倫理の麻痺は、辺野古沖転覆事故で亡くなった女子生徒の心中を自社の論調に引き寄せ、反社会的勢力への不透明な接触を許すという、極めて深刻な綻びとなって表れた。 沖縄タイムス:辺野古転覆事故を巡る「心中への恣意的な踏み込み」名護市辺野古沖で発生した、同志社国際高校の高校生らが犠牲となった転覆事故。この痛ましい悲劇を巡り、沖縄タイムスは「個人の尊厳」を軽んじる編集姿勢を露呈した。 ・事象の経緯と不適切掲載 同紙は5月3日付朝刊で、読者投稿の記述に不適切な表現があったとして「おわび」を掲載した。問題となったのは、事故で亡くなった女子生徒ら2人の声とし
「日記ブーム」だ。ぼくも恩恵にあやかって、月と文社から出版される『何も起きない夜日記』に『日記で遅くなりたい』というエッセイを書いた。noteやしずかなインターネットのリンクをSNSで見かけることも増えた。それらをZINEにまとめる人も多く、文学フリマやZINEフェスの話題がよく聞こえてくる。出版社も文芸誌で日記特集を組み、果ては日記に特化した文芸誌すら出版されている。けれど、これをそのまま「日記を書く人が増えた」と言っていいのだろうか。違和感がある。 何かを書きたい人は、たぶんいつの時代にもいた。手打ちのホームページでも、鍵付きの日記帳も、さかのぼれば更級日記だってそうだ。違いがあるとすれば、「日記」という形式へのアクセスが極端に簡単になり、しかもそれが評価の言葉と結びついて可視化される、という点ではないかと思う。 いつの頃からだろう、noteを眺めていると「わたしの〇〇な経験を綴ること
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