【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】 - 1 - 2016年1月26日ごろ、Twitterで、「まなざす」ということばを使った議論をしている人たちと、「まなざす」ということばは日本語として変だと言う人たちとの間で、感情的な言い合いが起きているように見えた。 Twitterという場の次のような特徴が、このような状況で感情的すれちがいを起こしやすいのだと思う。 字数制限がきびしい。短い表現を使いたくなる。その意味の説明は省略されることが多い。 なかまうち向けの発言と全世界向けの発言との区別がない。(なかまうち向けに徹するならば「鍵つきアカウント」という方法もあるが、それでは、なかまをふやすことがむずかしい。) 書いたほうはなかまうち向けのつもりでも、公共向けの発言としてふさわしくないと非難されることがある。 「まなざす」ということばは、いくつかの人文系の専門分野