1 はじめに エンターテインメントに人々が何を求めるかには、時勢や一個人の状態が反映される。なぜなら、どうしても使い続けなければならない日用品と違って、エンターテインメントは嗜好品であって、我慢する必要がないからである。観たくなければ観なくても良い。途中で切り上げてもいいし、それについて気にする必要もない。そうであるから、ある一つの時代のエンターテインメントが特定の方向に舵が切られるということには、それに相応する強い背景があるはずである。本稿のねらいは日本における「異世界転生もの」と米国における「マルチバース」のブームの背景にある状況と作品の関係を探求するところにある。 たとえば『竹取物語』(平安時代、作者不詳)は月世界という異世界の御子が現生に転生する物語であった。物語の最後、「月の顔見るは、忌むこと」と言われつつ、月の光を浴びて次第に自分の過去を思い出し、かぐや姫は異世界へ帰っていく。
![異世界転生とマルチバースと未来のコンテンツ(抜粋)──『ゲンロン15』より|三宅陽一郎](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/3b3651f5e0a886161d28c19f3bc9aaef50d1f7d7/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fd1whc2skjypxbq.cloudfront.net%2Fuploads%2F2023%2F11%2F2023116_G15_03_miyake02.jpg)