「なんでおれらが汗水垂らして稼いだ税金で女の子の誕生会(単価8300円)しなきゃいけないんだよ」 ってのがごくごく普通の市民の感覚だと思うよ
巷では「異次元の少子化対策」について喧々諤々議論がなされていて、いろいろな記事を斜め読みしてはいるのだがどうも何か書く気になれないでいる。今に限ったことではないのだが、定期的に時代にたいする情動が停滞する時がある。平たく言えばどうでもよくなってしまう。時勢や話題が滔滔と流れていくだけで、現実的には何も変わらないのだろうなと、諦観や厭世観のほうが先にきてしまうような感覚がある。しかし不思議なもので得てして「そういう時」のほうが文章が書けてしまう。書こうと思うと書けず、別に書きたくないと思っているほうが書ける。ブロガーあるある、ですかね。 今のテンションを利用して散文的に世評めいたことを書くと、議論になっている少子化ってもう社会構造がそうなっているのだから根本的に解決するのは難しいだろうなと思っている。 子供に限らず、一般社会で他者にたいし望むべく姿を考えてみても、もう随分前から社会の承認構造
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