ブックマーク / ta-nishi.hatenablog.com (2)

  • 長男と女性は大学に行かせないことが常識だった、1965年ごろの長野県山村の話 - 自意識高い系男子

    togetter.com ↑元の話題とはあんまり関係ないんだけど、一連の地方と学歴の話の中でふと思い出した話題があったので今日はその話でも。 私の母方は兄母弟の3兄妹なんだけど、みんなそろってとても頭がよかったらしく、実際、弟は早稲田大学を卒業している。その弟氏曰く、「勉強では兄ちゃんと姉ちゃんにはとても敵わなかった」とのことなんだけど、その早稲田弟よりも優秀だったらしい「兄ちゃんと姉ちゃん」は高卒だ*1。 これはなぜかというと、母の実家である長野県山村では、当時(1965年ごろ)長男は農家を継ぎ女性は嫁に行くというのが人生の既定路線だったから。どうせ家を継ぐのに、どうせ嫁に行くのに、学歴なんてあってもしょうがない。当時、母の父(私の祖父)はじめ田舎の人間たちはそう考えていた。 当時の田舎の常識に照らし合わせて考えてみれば、確かにこれは合理的だったのだと思う。農家の仕事をするのに学歴なんて

    長男と女性は大学に行かせないことが常識だった、1965年ごろの長野県山村の話 - 自意識高い系男子
    femininmu
    femininmu 2021/06/07
    何言ってんだ、それも立派な女性差別だよ。女を差別したり長男に過剰な権力を押し付けたりすればみんな不幸になるという話。世の中の女性差別と呼ばれる問題は全て同じ構造で、必ず割りを食う男がいる。
  • 弱者男性論者を見ていると、「社会適応という名の悪」に対してあまりにも潔癖すぎると強く感じてしまう - 自意識高い系男子

    15年ほど前の私は、当時はてなダイアリー界隈で流行していた「非モテ論壇」の一員だった。「スクールカースト」をはてなキーワードに登録した人間だと言えば、伝わる人には伝わるのかも知れない*1。 最近流行の弱者男性論の内容は、当時の非モテ論と重なる部分が非常に多い。焼き直しと言ってもいい。唯一違うのは、当時の非モテ論壇では現在弱者男性の定義のひとつとされている「経済力」が完全に無視されていたことだ。 当時の非モテ論者は20代の若者がほとんどで、半分くらいは学生だった。この年代の若者にとってモテと経済力はほとんど相関がなく、モテを左右するのは主に容姿やコミュニケーション能力やサークル内での立場等、要は「異性にとっていかにイケている存在か」という「恋愛規範」にいかに乗れているかという部分で勝敗のほとんどが決する。当時の非モテ論壇で経済力が全く重視されていなかったのは、論者の若さに拠る部分が大きかった

    弱者男性論者を見ていると、「社会適応という名の悪」に対してあまりにも潔癖すぎると強く感じてしまう - 自意識高い系男子
    femininmu
    femininmu 2021/05/06
    興味のない服を着る必要もないし、女性を獲得する必要もない。就活をスーツでやらなきゃならない理由がないのと同じこと。ただ、風呂に毎日入るなどの清潔感は最低限あった方がいいと思う
  • 1