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言論に関するfjb1976のブックマーク (3)

  • 言論は死んだ - jun-jun1965の日記

    二年半続けさせてもらった『文学界』の連載だが、前回で打ち切りと決まった。1973年だったか、立原正秋が『諸君!』に「男性的文学論」というエッセイを連載していて、芥川賞の選考委員が老齢化して、有望な新人に賞をやらないということを書いて、編集部から削除され、遂に連載を打ち切って『潮』に移動したことがある。 私の場合は、ここに書いた小林信彦「うらなり」批判である。ゲラにまでなった段階でストップがかかった。ブログに書いたものだからなどと言っていたが、最後には、内容に疑念を出してきた。私は、ではこれは見送って、佐藤優批判を出すと言ったが、そういう論争の場にはしてほしくないと言われた。それで、打ち切りと決めた。 『文学界』に載った小説の批判を同誌でやれないとか、連載中の人物の批判を載せられないとか、つまるところはそういうことだが、『週刊金曜日』もまた、佐藤への返答をウェブページに載せることを断ってきた

    言論は死んだ - jun-jun1965の日記
    fjb1976
    fjb1976 2007/05/25
    『衆愚が礼賛すればそいつの勝ちというのは、民主主義という制度を採用したときから決められていた筋道なのだろう。』
  • 安倍っちの「美しい国」もっと聞きたい - 女教師ブログ

    「美しい国」というスローガンがむかつく - Discommunicativeのコメント欄にも書いたけども、「美しい国」ってスローガンはもう見下しツールのひとつになってるなー。安倍がインタビューするたび「来るかな...来るかな...来るかな............き、キター!!!!!!!!!!!!!!安倍っちの『美しい国』キター!!!!!!!!!!」て具合にテンション上がる。ダチョウ倶楽部の「訴えてやる!」とか「俺が」「いや俺が」「じゃあ俺が」「どうぞどうぞ」と同類だ。まぁ、安倍はフリがないにも関わらずボケるもんだからほんとに空気が読めない奴だ。 ま、「はいはいうつくしいくにわろすわろす」って言ってれば何かを語った気になる(=保守的言説を批判した気になる)という催眠効果は危険なのでアレ。まあでも楽しいからいいや。 これと同じで、「マスゴミ」とか「メディアリテラシー(が足りない)」とかほとんど

  • 「真実性を求めて分析・洞察した結果、みなが幸せになれる、政治的に正しい結論になりました」というパターンのブログ記事 - 分裂勘違い君劇場 by ふろむだ

    が、実名ブログに多いのは何故なのか? そもそも、私を含む、ほとんどの人間には、ことの善悪や美醜を評価する能力なんてない。 にもかかわらず、何かを価値評価するような発言がネットにあふれているのは、 (1)自分にその能力があると勘違いしている (2)無意識的or意識的に権力ゲームをしている のどちらか、もしくは、両方による。 これを、池内ひろ美氏のブログ炎上事件について書いている404 Blog Not Foundの記事の例で考えてみる。 これは、 トヨタの期間工の若者たちに対して、 離婚コンサルタントの池内ひろ美氏が、 『「トヨタ」を漢字で書けるのか』 や 『彼らに年間300万円以上も払っているトヨタは偉い』 など、侮辱?することを書いたために、ブログが炎上した。 という事件だ。 池内氏の問題のブログ記事を分析していくと、この問題は、たいていの人間には、理解するのがとても困難であることがすぐ

    「真実性を求めて分析・洞察した結果、みなが幸せになれる、政治的に正しい結論になりました」というパターンのブログ記事 - 分裂勘違い君劇場 by ふろむだ
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