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*考察と思想に関するfnmのブックマーク (2)

  • 活字中毒R。―村上春樹「ネット空間にはびこる正論原理主義を怖いと思う」

    『文藝春秋』2009年4月号の村上春樹さんへの独占インタビュー「僕はなぜエルサレムに行ったのか」より。 (2009年2月15日にイスラエルでエルサレム賞を受賞され、「壁と卵」のスピーチをされた村上春樹さんへの独占インタビューへの一部です。引用部はすべて村上さんの発言) 【ネット上では、僕が英語で行ったスピーチを、いろんな人が自分なりの日語に訳してくれたようです。翻訳という作業を通じて、みんな僕の伝えたかったことを引き取って考えてくれたのは、嬉しいことでした。 一方で、ネット空間にはびこる正論原理主義を怖いと思うのは、ひとつには僕が1960年代の学生運動を知っているからです。おおまかに言えば、純粋な理屈を強い言葉で言い立て、大上段に論理を振りかざす人間が技術的に勝ち残り、自分の言葉で誠実に語ろうとする人々が、日和見主義と糾弾されて排除されていった。その結果学生運動はどんどん痩せ細って教条的

  • SMAP「世界に一つだけの花」は、ネオリベ礼賛の歌です - 女教師ブログ

    音楽, すごく役に立つ知識 「世界に一つだけの花♪」という歌は競争否定の共産主義礼賛の歌ですか? - Yahoo!知恵袋 「競争否定」だなんてとんでもない。この歌は、「お前らは『市場』の上で、身の程に合ったことやってりゃいい」、つまりネオリベラリズム礼賛の歌だ。  花屋の店先に並んだ  いろんな花を見ていた冒頭でいきなり持って行かれる。いきなり「花屋」だ。どうして「野原」ではないのか。どうして「道ばた」ではないのか。 この歌は、これ以降最後まで、「花屋」を前提に展開する。それは、「市場」を強く意識しているに他ならない。  人それぞれ 好みはあるけれど  どれもみんな きれいだねつまり、花たちは「花屋=市場」にいるからこそ「きれいだね」なのだ。「野原」「道ばた」のようなそもそも「市場=競争」から降りている花たちは、そもそも問題にされていないのである。 そして「人それぞれ 好みはある」のである

    fnm
    fnm 2008/07/01
    おもしろい分析
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