David Copperfield wannabe.....
好きな漫画とか映画とかCDについて「見れば分かる!」的なこと言う人って多いじゃないですか。そういうのって普段は饒舌かつ的確なコメント言う人が「こればっかりは何も言わない、黙って買え!」なら「それほどすごいんだな」って思いますけど、僕みたいないち素人が「とにかく見て!」って言っても説得力ゼロなんですよね。 昨日書いた漫画アワードで1位にした「シグルイ」なんですけど、「みんな1度でいいから読んでみて!」っていう思いをこめての1位なんですよ。でも昨日書いたコメントだけ読んで「あの松本が1位に選んだなんてーっ!」「立ち読みしたのにその後さらに買ったとはーっ!」という風に購読意欲そそられた人なんて皆無だと思うんですよ。 だから今、「シグルイこんなに面白いよ!」っていう文章を新たに書いてたんですけども、僕の言葉だけじゃ面白さを伝えられないんですよ。そもそもこの漫画、絵がないと魅力激減なんですよ。 とい
虎眼先生のラストの描き方で「もはや虎でも魔神でもない何か」に化したと表現されていて、この「何か」という表現が、並のマンガ家の「何か」とはその伝わり方の重みと凄みが段違いに違う。 その理由は『あの狂気異常倒錯の表現者であるシグルイの作者ですら!!あらゆる表現で僕らを熱狂させている山口貴由先生ですら!!!!表現できていない』というところが読者にも鋭利に伝わっている点が並のマンガで登場する「何か」とはわけが違う。 このあたりの読者心理を見越しているのかいないのかわからないが山口貴由先生は、この愛すべき虎眼というキャラクタの死に際に相応しい表現として、描いている作者自身の表現の範疇さえも超えた「何か」としか言い表せないという字面以上の重みを含んだ表現法を取っていると思う。ここまで効果的な「何か」はなかなか無いと思った。特にマンガという視覚的表現媒体においては。 この「何か」という表現は表現者する人
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く