現在、民放のトップを独占し黄金時代を迎えている日本テレビ。 だが、1980年代半ば、日本テレビは「低迷期」を迎えていた。 当時、日本テレビはトップを走るフジテレビに大きく水をあけられただけでなく、TBSの後塵も拝していた。 特にバラエティ番組の不振は目を覆いたくなるほど惨憺たる状況だった。 60~70年代、日本テレビは井原高忠の作るバラエティ番組を中心として黄金期を迎えている。その頃はTBSと日テレが2強だった。だが、井原が制作局長という管理職に就き現場を離れた78年前後からその勢いが失われていく。井原は80年に日テレを退社。それが象徴するように、日テレは急速に低迷していった。80年代前半にフジテレビに年間視聴率で抜かれると、年を追うごとに水を開けられ、TBSに次ぐ民放3位が定位置になってしまった。読売ジャイアンツのナイター中継は安定して高視聴率を維持していたが、バラエティ番組は『元気が出