カネッテイは、ドイツ語で書くユダヤ系の作家であり、『群衆と権力』は、迫害された民族の一員としてファシズムの群衆現象を経験した作家の群衆論である。しかし『群衆と権力』には、ファシズムの群衆現象を論じた他の多くの群衆論とは異なり、群衆を否定的に捉える姿勢は見られない。また、カネッテイはアフォリズム集の中で、『群衆と権力』という作品は「読者に、希望を探すことを強いる」と語っている。 本論において論者は、次のような二つの問題意識を念頭に置いている。一つは、『群衆と権力』において、カネッテイはなぜ群衆に対して肯定的な姿勢を取っているのか、そして読者が見つけ出すことのできる「希望」とは何なのか、という問題意識である。 もう一つは、群衆と権力との関係性である。『群衆と権力』という作品名が示しているように、この作品は群衆論と権力論から成り立っているが、そこには、群衆と権力との間の関連性についての直接的な記