キジ焼き丼とおばんざい シンプルな我が家の定番のおばんざいたち 赤梅酢の新生姜漬け 昨夜は香ばしいきじ焼き丼に添えて。大きめにカットした鶏とししとうを魚グリルでこんがり焼く。 タレをつけながら煙モクモク、焼き鳥屋さんみたいな香ばしい香りがキッチンいっぱいに広がります 磯の味も…
2006年03月21日19:38 カテゴリPsychoengineeringValue 2.0 ヒト、モノ、カネより大切なもの とは、居場所、なのではないだろうか。 その思いは最近特に強くなってきている。 先進国の若者(と、まだ不惑に達していない私が言うのも何だが)たちの「まったり」とした不満と不安というのは、ほとんどそれに由来するのではないかとすら思う。 確かに彼らは「不足なしに」育って来た。しかし彼らは薄々感づいているのである。 それが実は与えられたものではなく、未来の自分たちから奪われて来たものであることを。 H-Yamaguchi.net: 賃上げより前にやるべきこと これまで若年層の雇用機会が極端に不足していたのは、企業が「既に雇われている人たち」の雇用維持を最優先にしたからだ。これは、必ずしも経済原則にしたがったものとはいえない。もちろん、新規に雇用するより既にいる従業員を使い
たとえば、農家の成功失敗を決めるのは、ITビジネスとほぼ同じだ。違う点の方がむしろ少ないだろう。 以下の引用部分など、検索置換で単語を置き換えれば、そのままIT業界でも通用する。 http://d.hatena.ne.jp/m_yanagisawa/20060803 もちろんすべての農家がうまくいっているわけではないが、私の義父は農業生産について日々研究を重ねている。近所の方はよく義父のやり方を真似ている(<義父談)。私の地域では義父たちが早くからトウモロコシ生産を始めたが、数年のうちに町内に広まった。義父に言わせれば、埼玉北部では補助金なくして採算がとれないような米作に固執している農家は例えどんなに働いていても努力が足りないのだそうだ。(ただし耕作面積が広くて十分に収益を上げている場合は別だそうだ) 単純に見える農家の作業に関しても「量より質」ということが言えると思う。 どちらも、ビジネ
高いブランド大好きな40代のオヤジです。 > 高い服や靴を着ることと性格悪化の間には > 何かしらの相関関係があるのでしょうか? あるんじゃないか・・・と思ってます。 もともとファッションへの関心というのは ださく見られたくない、とか 田舎者に見られたくない、とか おじさん・おばさんに見られなくない、といった 自分を良く見せたい願望と切り離せないと思います。 もちろんファッション以外の分野でも 同じ興味を持った者同士の間では ダサく思われたくない、みたいな気持ちはあるでしょう。 でも、ファッションってのは関心を持つ人の絶対数が多い筈ですし 何よりも「見た目」が占める割合が大きいですから あれこれ言いやすい/言われやすいですよね。 ということでファッションと自意識は非常に密接な関係にあると思うのですが これがハイ・ファッション(高いブランド)となると より過剰な自意識を招き易いと思うのです。
賃金の安い中国人やインド人との競争のせいで、日本人の賃金が下がってるなんて、ウソなんだ。 そもそも、国際競争によって賃金が下がるなんて、あり得ないんだ。 どんなに中国人やインド人が安い賃金で激しく働こうが、そんなことには関係なく、日本人の労働の価値自体は、変わらない。 サンマを一箱分、築地から目黒まで運ぶ労働の価値は、30年前と今でなんの変わりもない。100年前も変わらないし、100年後にも変わらない。貿易をしても、競争をしても、イノベーションが起きても、変わらない。 イノベーションによって日本人の労働の価値は常に上昇しているし、国際貿易をして、お互いが豊かになることはあっても、競争のせいで生活が貧しくなるなんてことはあり得ないんだ。 だから、同じ労働に対して支払われる賃金も変わることはない。 グローバリズムそれ自体のせいで、賃金が下がったり労働条件が悪化していくなんて、あり得ないんだ。
「空気を読む」という闘争 ボクは「コンテクスト(まなざし、文脈)」についていくつか語ってきたが、SocioLogic(lovelesszero5.0)*1に面白い内容が書かれている。 空気の読める社会(1) 以前、子どもたちの間では「空気が読めないこと」が最も嫌われる、という話があったが、これは、大人の間でも共通しているようである。価値観が多様化した、とされる社会では、「素直に」考えれば、ハイコンテクストな(共有する文化的・社会的背景や情報が多い)コミュニケーション空間からローコンテクストな(共有する文化的・社会的背景や情報が少ない)コミュニケーション空間へと変化するということであり、「コミュニケーション」の本来の意味である、(特に異なる価値観の人の間での)意思疎通のためにはより明確に言語化した対話が重要になると考えるのが一見自然である。・・・しかしその一方で、冒頭の「空気を読む」というの
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