ルキウス・タルクィニウス・スペルブス(羅: Lucius Tarquinius Superbus)は、王政ローマ第7代にして最後の王(在位:紀元前535年 - 紀元前509年)。タルクィニウスが追放された後、ローマは共和政に移った。 第5代ルキウス・タルクィニウス・プリスクス王の息子で、先代の王であるセルウィウス・トゥッリウスの娘婿にあたる。コグノーメンの Superbus は「傲慢な」を意味し、日本語では傲慢王と訳される。ルキウス・ユニウス・ブルトゥスらによってローマから追放された。 伝承によれば、先王セルウィリウスを殺害するとラティウム地方に覇権を伸ばしたと言う。また彼の妻トゥリアは先王の娘であったが、父親の殺害の中心的人物だったとも伝えられている。少なくともタルクィニウスとトゥリアがセルウィウスの殺害に何らかの形で関わったのは間違いないとされている。 妻にけしかけられて遂にセルウィウ
マルクス・ユニウス・ブルトゥス(ラテン語: Marcus Junius Brutus, 紀元前85年 - 紀元前42年10月23日)は、共和政ローマ末期の政務官。 独裁官ガイウス・ユリウス・カエサルの暗殺(英語版)に関わった人物の1人で、現代においてはカエサル暗殺を象徴する人物として記憶されている[2]。16世紀末のイングランドでシェイクスピアが著した戯曲『ジュリアス・シーザー』の主人公としても有名であり、英語読みのブルータスの名がよく知られる。 共和政を樹立した伝説的な執政官ルキウス・ユニウス・ブルトゥスの末裔であり、カプア市の創設者として知られる護民官マルクス・ユニウス・ブルトゥス・マイヨル(大ブルトゥス)と、小カエピオの子女セルウィリア・カエピオニスの子としてローマに生まれる。セルウィリアと小カトーは異父姉弟(小カエピオの妻リウィアが、離婚後に大カトーの孫カトー・サロニアヌスと再婚し
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