本田小百合三段 控室の襖を開けると、部屋の中にいた全ての人が無言だった。 沈黙には、発すべき言葉を内に秘める沈黙と、ただ言葉を失っている沈黙の2種類がある。盤上の勝負を見守る現場を覆っていたのは、明らかに後者だった。 9月6日、午後5時半を過ぎた将棋会館。4階の「飛燕の間」と「銀沙の間」をつないだ16畳ばかりの空間に、棋士、女流棋士、記者、主催関係者ら25人もの人々が所狭しと集っている。皆、押し黙って小さなモニターに視線を送っている。勝負の趨勢を見守っているわけではない。もう決着は着いている。継ぎ盤での検討は打ち切られている。1人1人が、ただ受け止めていたのだ。勝負の厳しさ、将棋の恐さを。そして、敗れゆく者が今抱いているであろう思いについて心を寄せていた。 そんな時、河口俊彦七段が入室した。棋界随一の名文家で、親しみを込めて「老師」と呼ばれる76歳の引退棋士は、煙草を吸いに席を外した間に