●樋口晴彦「本能寺の変─光秀の野望と勝算」を読む(学研新書、2008)。明智光秀が謀反を起こした動機として、信長怨恨説が知られている。筆者は5つの主な怨恨説をあげ検証する。結果、いずれも根拠が乏しく謀反を決意させるほど重大な怨恨は存在しなかったと断じる。将軍義昭や朝廷などが黒幕になって、光秀に謀反を使嗾したとする謀略説も知られている。筆者はこの浮説5パターンを挙げて一蹴する。筆者の所論は「天下人の座を手に入れる成算が充分にあったので決行した」というもので、偶然がいくつも重なった結果、天正10年6月2日に光秀にとって3つの条件を奇跡的にクリアした、千載一遇のチャンスが訪れたと説く。惜しかった。あと一歩で光秀の企ては成功するところまで進
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く