ずっと捨てられなかった漫画がある。 白山宣之という人の『陽子のいる風景』という30ページほどの短編。 単行本ではない。 20年ほど前の漫画誌「週刊モーニング」に単発で掲出されただけのもの(調べたら1992年9月12日号だった)。 一読、魅せられた。 なんとも言えぬ余韻。端正に過ぎる時間。間。風。光。 人の内面を直接的に表現せず、会話も最小限に抑え、時間を丹念に丹念に切り取ることでそれを描ききる。そんな遠回しな表現が作り出す “奥行き” が、騒がしいコミック誌の中で異彩を放っていた。 なにか事件が起こるわけでもない。普通の夏の一日が始まり、終わる。それだけ。 なのに感動し、反芻し、何度も何度も読み返した。小津安二郎の世界を漫画で表現したらこうなるんだ、と、感嘆した。 絵も異様にうまい。 ひとつひとつのコマを “鑑賞”して見飽きない。たった30ページなのに数十分眺めている。こんな漫画も珍しい。