不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 山に登るとき、麓から一気に頂上まで行けるなんて考える人はいないよね(ヘリコプターとか使えば別だけど)。 麓から一歩一歩登っていくよね、普通は。 で、登ってるときにはそれこそヘトヘトになったりしつつも気がつくと意外と上のほうまで来てて、あれ、もうこんな高さまで登ってきたんだなんて思ったり。 それなのに、なんで何か仕事上の目的を達成する際や、何かしらのスキルを身につけようと思うときって、意外と多くの人が「えーむずかしそう」とか言って努力せずにあきらめようとすることって多いんでしょ? 何か未知の神秘的な力昨日の「天才のひらめきのベールの向こうにあるもの」とも関係する話ですけど、人って本当に、複雑なものを前にして、その複雑さの起源にさかのぼる道が見つからなかったりすると、何か未知の
上木 貴博 日経ビジネス記者 2002年に筑波大学を卒業し、日経BP入社。「日経ビジネス」「日経情報ストラテジー」「日経マネー」編集部などを経て、2016年4月から現職。製造業を中心に取材中。趣味は献血(通算185回)。相撲二段。 この著者の記事を見る
また、また、マーク・S・ブランバーグ『本能はどこまで本能か―ヒトと動物の行動の起源』からの引用で恐縮ですが。 人間は賢く、創意工夫に富んでいて、機転が利き、粘り強くもある。だが、私たちは複雑な装置はもちろん、単純な装置でさえ、ただ問題点に知性を適用するだけでいきなり発明できてしまうわけではない。私たちはそこまで賢くない。 これは本当にごもっともなんだけど、僕らはなぜか「そこまで賢くない」にもかかわらず、意外と複雑な発明品を知性の産物だと誤解する傾向があります。 いやいや、昨日の「失敗するための時間」でも書いたとおりで、発明者は失敗を通じて成功にたどりつくというトーマス・エジソンの言葉は正しいと思います。 発明までいかないごくごく普通のデザインでさえ、失敗を通じてはじめて「そこそこ」「まあまあ」にたどり着くくらい。成功にたどり着かないのは。 世の中、危険だのリスクだのという言葉に過剰反応を示
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