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asiaとことばに関するgitanezのブックマーク (2)

  • 富と文化: DESIGN IT! w/LOVE

    どうやら、その必要なことを考えずにここまで来てしまったんですね。そして、いまや、その必要さえもとうに忘れられたか。 もっとも富を作るということが文化を作るということにある程度まで必要な手段となるが、その程度を超過すると、時として富の中毒によって文化の停滞もしくは廃頽を来すようになるものである。文化の発達は富のごとく百年、二百年の努力でできるものではない。 文化を使って富を得て、その富の中毒によって文化を廃頽させたか。しかし、その廃頽した文化は百年、二百年の努力ではできない。 個人や法人でも同様だと感じました。富を得るのに比べ、文化に類するものを個人や法人が築きあげるのには時間がかかります。どちらにより時間を割くべきかは利口なものならわかりそうなものなのだけれど。 目先を見るか、将来を見るか。将来を見るなら来を見つめなくてはいけない。 世界の人類を向上せしむべき文化を作るか、それとも富を得

  • 詩経―中国の古代歌謡/白川静: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 人間にとって、ことばとは何なのか? ことばを発するということはどういうことなのか? 何かしらの対象(object)を指示する記号・表象としてだけ、ことばを捉えてしまう現代においては、ことばと人間の関係はすでに壊れてしまっているように感じられます。親の庇護を失った子どもが日々無防備に大量のことばに曝されているような状況か。 現代の成人はことばに対する防御力をもたない、あるいは、ことばに対する惧れを抱かないという意味において幼児的であり、また、その幼児に道を教える親という存在の不在において、まさに現代は未来を喪失しているのではないかと感じます。そして、その未来の喪失は来の消失に起因するのではないかという気もするのです。ことばの来の消失に。 古代歌謡は、民族の歴史が刻まれはじ

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