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contextとdesignに関するgitanezのブックマーク (12)

  • コトバとモノ: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 ブログを書いてる場合ではないのですが、忘れないうちにメモ(まぁ、忘れませんが)。 いわゆる狭義の人間中心設計、ユーザビリティの分野では、"Context of Use"(利用状況)を大事にします。 でも、僕自身は利用状況というコンテキストだけ重視しても人間中心のデザインにはならないと思っています。 会話のコンテキストのなかのモノそのことは僕の新しい『デザイン思考の仕事術』にも書いていますが、ようは利用品質だけでモノの価値を判断できるほど、目が肥えた人ってそうはいないでしょ?ってこと。 皆さん、自分自身のことを考えてみれば、わかると思いますが、モノの良し悪しを判断するのに友人・知人の評価やネット上のレビュー、はたまた、マス媒体の記事などなどに登場する数々のコトバを当てにして

  • 道具の用途は生活や仕事のなかに埋め込まれている: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 多くの製品は生活や仕事で使われる道具です。 生活や仕事のうえで様々な役割(母親、プロジェクトリーダー、飲み会の幹事、etc.)を担う人びとが、それぞれの役割に応じた作業・仕事を行うために用いるものが道具です。 ある意味、人間は生活の場、仕事の場で、特定の役割を担うことで社会的な生き物として存在を認められます(つまり赤の他人にも理解できるようになる)。それぞれの役割には、役割に応じた作業が義務付けられています。その義務をこなすことができなければ、場合によっては、その役割としては失格の烙印をおされかねません。 失格の烙印をまぬがれるためにも、自分に与えられた役割を全うするためにも、人は自分に割り当てられた作業を完遂できるよう、作業のある部分を道具にたよるのです。 ですから、道具

  • イノベーションのコツ:鍵は鍵穴といっしょにつくれ!: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 先日「暗黙知はどこにあるか?/情報は界面にある」というエントリーを書きました。話をする相手が違うと、自分のなかにある(はずの)暗黙知が出せたり出せなかったりするという内容でした。 それに関連してもう1つ。今日は逆の視点で、観察者が違えば観察結果は変わるという話、それから、そこから導き出されるイノベーションのコツについて書くことにします。 観察している側、光があたっているところしか見えない観察によって対象が変化するという話は量子力学的なイメージを想起させる話ですが、これ、実はごく日常的に起こっていることなんです。 僕は仕事で、コンテキスチュアル・インクワイアリーという手法を用いた観察&インタビューでのユーザー調査をする機会が多いのですが、それをやってて感じるのもそれなんです。

  • 発見のないユーザー調査ってありませんね: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 今日はひさしぶりにユーザー調査のインタビュアをやりました。 90分×4。時間にすると6時間程度の対面でのコミュニケーションをするわけですけど、何回やってもこれは疲れますね。 初対面のひと4人と対面して、限られた時間のなかで、その人のモノの利用状況なりを把握しようというのですから、そりゃ、緊張もしますし、どう投げかければ求める利用シーンに辿りつけるかとか、相手の答えた内容からシーンをイメージしつつ適切な問いかけを重ねて深掘りしていかなきゃいけないので頭は使いっぱなしだから、疲れるのはとうぜんかなという気もしますけど。 久しぶりの調査だったわけですけど、いつやっても感じるのは、ユーザー調査ってやれば1人1人から常にいくつか発見はあるなということです。 一人ひとりの利用状況にか

  • ユニバーサル・デザイン批判: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエなどに代表される「機能の合理性を求め、無駄な装飾を排除していった建築」に関して、arclampのyusukeさんがこんなことを書いています。 ここに至って、僕としては機能とは単独の存在として切り出して形を有するようなものではないと考えます。すべては関係によって成り立っている。それが凸的とか凹的であるとか、そういうことではなくて総体そのものが関係によって構成されている。 機能と関係性。 ここでの関係性は普遍的なものというよりも、アフォーダンスについて書かれていることからも、環境と生物がその都度織り成すコンテキスチュアルなものと考えてよいのではないかと思います。 一方の機能のほうはといえば、そのコンテキストを無視した形で普遍化を目指

  • 判断力は情報デザイン力、物語化の能力:DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 昨日も「何が起こっているのかわからない状態を脱するための9つの工程」で書きましたが、判断というものは情報デザインの一種です。 結局、最後には手持ちの情報を整理し、その整理のしかたに含まれるロジックとそこから垣間みえる創発的な発見によって、しかるべき回答を導きだす。その一連の作業を判断と呼ぶのだと僕は考えています。 判断するには、手持ちの情報を整理して物語化することが必要手持ちの情報を分類し、関係性をみえるように整理する作業が、僕がよく使う言葉では「文脈(コンテキスト)」をつくるということになります。 バラバラの情報を組織化・構造化して、なんらかの物語がみえるようにする。そうした作業が判断には必要です。登場人物、起こっている出来事、起こってほしい事柄、物理的環境や市場環境など

  • 矢野さんがMarkeZineに「【事例】SESHOPで実験!コンテキストで異なるユーザーの閲覧行動を探る」を執筆: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 昨日も「プロトタイピングとしてのワークショップ」でちょこっと紹介しましたが、うちの会社のユーザビリティ・エンジニアの矢野さんがMarkeZineに「【事例】SESHOPで実験!コンテキストで異なるユーザーの閲覧行動を探る」という記事を書いてます。 この「受胎告知」をアイトラッキングツールを利用して見てもらった例が下図です。青い丸が被験者の視点が止まっている部分、つまり注視点になっており、作品の中のどのエリアをどういった順序で閲覧していったのか、どの部分を注視したのかがご覧いただけます。 という引用のとおり、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」を異なる条件で被験者に見てもらい、その際の視線の動きをアイトラッキングツールを用いて調べた結果なども公開しています。 なんで、そんな

  • Contextual Design:経験のデザインへの人類学的アプローチ:DESIGN IT! w-LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 人はそれぞれ自分の生活の文脈の中で生きています。 同じモノに触れる経験でも文脈が異なれば全く違うものとして経験されます。 そのため人類学者は異文化の人々を理解するために、フィールドワークと呼ばれる方法で、その文化における生の生活の場に入り込み、根気強い観察を行うことで生活の場の文脈とともにそこで暮らす人々の暮らしや考え方を理解するのです。 この文脈に着目した人々の暮らしや考え方に関する理解の方法は、ユーザー経験の向上にフォーカスしたエクスペリエンス・デザインでも非常に有効だと思います。その意味で注目しているのが、コンテキスチュアル・デザイン(Contextual Design)と呼ばれる手法で、この手法はまさにエクスペリエンス・デザインへの人類学的アプローチだと呼べるでしょ

  • 成功の障害としての「わかってるつもり」: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 わかってるつもりから如何に抜け出すか? 何事を行うにもそれがキモではないかと思います。 文脈の交換によって、新しい意味が引き出せるということは、その文脈を使わなければ、私たちにはその意味が見えなかっただろうということです。すなわち、私たちには、私たちが気に留め、それを使って積極的に問うたことしか見えないのです。それ以外のことは、「見えていない」とも思わないのです。 西林克彦さんの『わかったつもり 読解力がつかない当の原因』というをずいぶん前に紹介しましたが、「わかったつもり」がまったく「わからない」状態以上に知識を取得する上での障害になるのはなぜなのかを説明し、そこから抜け出すための方法について書かれたです。 文脈=コンテキストを知るためのフィールドワーク、コンテキス

  • ユーザビリティ考(2007年GW版): DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 ユーザビリティとは、ヒトとモノ、そして、その両者の間に起きる/起こると期待されるコトにまつわる非常に興味深い概念だと思います。 ヒトとモノの1対1の関係であれば、そこにユーザビリティという概念は芽生えないはずです。目の前の木々や街を行きかう人々に対してユーザブルかどうかを問う人はあまりいないと思います。 ヒトとモノの関係に、何かしらのコトが起こることが想起/期待された際に、ユーザビリティという概念は生まれるのでしょう。 ヒトがモノの先にコトを想定した時にそれはコトを生み出すための道具となり、コトは用途、目的と呼ばれるようになります。 モノが道具となり、コトが用途となり、そして、ヒトがユーザー(利用者)となった時、ユーザビリティという概念の出番です。 人工的な道具を操るヒトと

  • デザインを考える上では、外部刺激よりユーザー個々の記憶やコンテキストが重要: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 「「ユーザビリティ=使いやすさ」なんて誤訳をいつまで放置するのか?」というエントリーにはたくさんのブックマークをいただきました。ありがとうございます。 どうもこのブログの傾向として似たような内容のエントリーを書いていても、タイトルがWebっぽい感じがする場合、被ブックマーク数が多くなる傾向にあるようです。 実際、先のエントリーの前後のエントリー「答えはユーザーが知っている」「デザイン・プロセスにおいて知らないことを発見することの重要性」にしても、被ブックマークを多くいただいたエントリーとほぼ同様の内容ですし、僕自身にしてみれば、むしろ、その両者のほうが内容はよかったんじゃないかと思うんですけど、どうも評価は芳しくない。 それだけ、いまWebというものが注目を集めているという

  • 不必要な「サイトの連続性」はなんのために必要なのか?:DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 佐藤さんが書いてらっしゃることを僕なりに要約すると、情報の発信者がコンセプトやストーリー、パーソナリティによって、サイト(ブログ)内で連続性のある表現(導線設計とかも含まれますね)をした場合でも、外部からの検索などにより、その連続性は必ずしも保たれず、情報の閲覧側からするとむしろ非連続であることが多いのではないかという考察です。 サイトに表現された連続性はいともたやすく分断されるこれは僕が以前に「Webサイトの内と外」というエントリーなどで書いた「ページ単位のページビューが多いページは、外部から閲覧している割合が高くなる傾向」があり、Webにおいては「内部リンクより外部リンクが有効に働いている」ことが考えられるという考察と同じ景色を目にしての感想なんだろうと思います。 この

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