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creativityとstudyに関するgitanezのブックマーク (7)

  • 量追及ゲームというオルタナティブなルール: DESIGN IT! w/LOVE

    そう。それがあまりに「来」的だからこそ、逆転の発想が必要になるのです。 来であれば"極み"に到達すべく何度でも挑戦し磨き上げていくのですから、質を求めるほどに量が増えるというのが正しいのではないでしょうか。 まぁ、「来」は普通に何かをつくろう、何かをつくりだそうとすれば、そこで追及されるのは、質をともなう成果でしょう。それを求めれば、試行錯誤が量を連れてくるというのも、まさに当たり前の話として通ります。 そんなものは誰も見落としていないんじゃないでしょうか。 むしろ、見落とされているというよりも、それに雁字搦めになっている印象。とにかく質を追求しなきゃとそちらにばかり目が向いてしまう。それが「来」だとか「当たり前」であることから逃れる術がなくなってしまっている。それが問題。 そこで「来」「当たり前」という形で一元化された方法以外に、オルタナティブな方法もあるよ、というのが「量追及

  • もうひとつの量の追求: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 百聞は一見に如かず、といいます。 だとしたら、一見もまた百聞に如かず、なのでしょう。 そこを見落としてはいけません。 「なぜ量が質を生み出す可能性を持っているのか?」では、自身が手を動かすことで得られた多量の経験値を元に、反省し、編集することで、新たな知を生み出し、それを利用する方法があるということを書きました。 いわく、質より量、とりあえず、やってみよう、と。 でもね、それだけやってればいいってもんじゃないんですよね。 というのも、どうしても個人が自分の手で作業を行える範囲って限られますから。自分の経験によって得た知だけに頼ろうとすれば、知は深まることはあっても、広がらない。 井の中の蛙大海を知らず されど空の高さ知る。 そう。深さ-高さに関する知は、自分で手を動かす量に

  • 学びと創造性: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 みなさん、どうも勘違いされているようですが、人間って来、創造的な生き物です。 それをどういうわけか「創造性を発揮するにはどうすればいいのか?」ってヘンな議論になったりする(僕自身、勘違いして同じことをやっていたわけですが)。 来、生物として創造的なんだから、あらためて創造的になろうとすること自体、おかしいわけです。でもね、確かにそうしなきゃいけない理由もある。それは何かというと、創造的でなくなるようなことを、いまの人間ってあまりに多くやってしまっているから。それも日常茶飯事に。 創造的でなくなるための日常的な行為創造的かどうかって、ようは新しく何かを生み出せてるかってことです。ある人が創造的かどうかは、その人が新しく何かを生み出すということをどの程度の頻度でやってるかっ

  • 企画設計=デザインには学べば覚えられるやり方がある: DESIGN IT! w/LOVE

    企画のやり方は単にを読んだりして学ぶだけでなく、体感的なワークショップみたいな形式で学んでもらわないとダメなのかもしれないなって今日思いました。 保存されるべきものは、モノではない。むしろそのやり方であり、企画を立てる方法であり、出くわす問題に応じて再びやり直すことを可能にさせる柔軟な経験値である。 企画設計にかぎらず何でもそうなんだと思いますけど、身体にやり方が染み込んでないといざというときに対処できないと思うんですよね。 何かの拍子にあやまって海や川などに落ちてしまっても泳ぎ方が身についていれば溺れずに済みます。リストランテでの事の際にパスタのサルサポマドーロが白いシャツに飛んでしまっても炭酸でたたくと染みがとれやすいことを知ってればそんなに慌てずに済むし帰ってすぐに家で洗濯すれば落ちます。運わるく悪い人たちにつかまって後ろ手に縛られても縄抜けの方法を知ってれば脱出できます。 企画

  • ファンタジア/ブルーノ・ムナーリ: DESIGN IT! w/LOVE

    いやー、創造力とは何か、どうすればそれを高めることができるかということを考える上では、すごく参考になるでした。 無知こそが最大の自由を与えると信じるのは絶対に間違っている。むしろ、知識こそが自己表現の手段を完全に操る手段を与えるのだ。 ブルーノ・ムナーリ(Bruno Munari、1907-1998)は、イタリアの美術家で、グラフィック・デザイナー、プロダクト・デザイナーであり、また、美術教育者であり絵作家です。 このでムナーリは、創造力って何? それはどうすれば自由に働かせ扱えるようになるの? ということを考え、そのヒントを用意してくれています。 創造力のメカニズムまず、ムナーリは人びとが外界を認識し記憶した上でどのように創造力を発揮して再度外界に働きかけるかのメカニズムを以下のような図で表現しています。 創造性においてどれだけ過去の記憶が重要なのかという点に関しては、ムナーリもさ

  • デザインとリサーチ:料理の腕と仕入れの力:DESIGN IT! w/LOVE

    ここでいうファンタジアとは、「これまでになかった新しいことを考えださせる人間の能力」であり、ムナーリは「ファンタジアの豊かさは、その人の築いた関係に比例する」と述べています。 ひとつ前のエントリー「「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学/山鳥重」でも 人間は生物です。生物の特徴は生きることです。それも自分で生き抜くことです。知識も同じで、よくわかるためには自分でわかる必要があります。自分でわからないところを見つけ、自分でわかるようにならなければなりません。自発性という色がつかないと、わかっているように見えても、借り物にすぎません。実地の役には立たないことが多いのです。 という言葉を引用しました。 わかるためには仕入れた素材を編集しないと結局、わからないとか、アイデアが浮かばないとか言っている人の多くは、を読んだり、やったことのないことにチャレンジしてみたり、より多くの人と出会い話を聞

  • 楽しい仕事をするための8つの条件:DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 仕事は楽しくやることが大事だと思っています。 会社が楽しいとか、いっしょに仕事をしている仲間が楽しいとかではありません。 やっている仕事そのものを楽しいと感じられることが大事だと思うんです。 なぜ大事だと思っているかといえば、楽しい仕事をやっているのとそうでない仕事をやっているのとでは創造性が極端に違うからです。 さらにいえば、その楽しい仕事の楽しさを外部に対しても広げ、楽しさを共有できる人数が増えたらさらに創造性は増します。 クリエイティブな仕事だから楽しいのか? あるいは、楽しい仕事だからクリエイティビティが増すのか? どちらが先かはわかりません。ただ、クリエイティビティと仕事の楽しさには強い相関関係があると僕は感じています。 では、どうしたら仕事そのものに楽しさを見出

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