いつものようにさよならのキスを交わした彼は、私のことを名字にさんを付けて呼ぶ。 月に一度は会うことがもう1年を超えていて、たまになんとなくセックスをする。半年に一度ぐらい。 そんな彼が発する私の名前は、なんだか自分のことのように思えなくて、例えば「タナカサン」みたいな、ん?なんかの山の名前?みたいな。 意味を離れた5文字の音声は、キスと一緒に真夜中の交差点に放たれて消えた。 10年前からそうだった。 妻子がある人とよからぬ関係になり(この彼みたいに) 何度会っても彼は私を名字で呼んだし、私も名字で呼び続けた。 そんなところが好きだった。 幸せになるのは少し難しいかもしれない。 でもやはり私はこの奇妙な距離感を愛するのだ。
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