ANECDOTA 16世紀の情報革命 1517年10月31日、北ドイツの小都市ヴィッテンベルクで、神学教授ルターが『95ヶ条の論題』なる意見書を城教会の扉に打ちつけた。このことが、キリスト教世界をプロテスタント(新教)とカトリック(旧教)とに二分する宗教改革の口火を切ったことはよく知られている。 それにしても、宗教改革は不思議な歴史的事件である。一介の修道士にすぎないルターが、なぜカトリック教会と皇帝カール5世の連合という巨大な敵に挑戦できたのか。そして、千年もの間あらゆる異端を葬り去ってきたカトリック教会が、なぜプロテスタントを抹殺できなかったのか…。 この疑問にはもちろん、いくつもの答えが用意されている。カトリック教会の腐敗と権威の低下、新興市民層のニーズに合ったプロテスタントの教義、教会権力に対する世俗権力の反発、オスマン帝国の進出やフランス対ハプスブルク家といった国際情勢…。しか