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増田に関するgymnoのブックマーク (6)

  • エホバの証人と、いわゆる二世と、背教者と。

    #追記 #このエントリの続編というか、まとめ(このブログで言いたかったコト)書きました: http://anond.hatelabo.jp/20080724004506 #おまけ: http://anond.hatelabo.jp/20080723230708 エホバの証人・・・家に時々やってくるアレ。学校で格闘技とかあると見学してる人。クリスマスとか参加しない、年賀状を送ってこない人。略称JW 二世・・・二代目。親が信者で生まれながらにして家庭がエホバの証人だったり、途中からそうなったり。片親二世てのもある。 背教者・・・アンチ。元エホバの証人だったり、親族がそうって人も少なく無い。二世の人もおる。この日記のスポット。 自分はもうすぐ辞めようと思ってる現役なんだけど。二世だし、生まれた時からこの世界だった。 まぁそのあたりは自分史は今回はどうでもよくて、そういや、俺みたいに辞めようって人

    エホバの証人と、いわゆる二世と、背教者と。
  • うちの両親の馴れそめは結構笑える ―はてな匿名ダイアリー

    うちの両親の馴れそめは結構笑える 母親は東大出の学者で大学教授。専門分野では今では結構名の知れてる博士 父親は高卒で町のクリーニング屋の3代目でチョイワルぶってる親父、かなりの格差婚 親父は、若い頃はワルで馬鹿だったけど、ちょっとハンサムってことで商店街では人気者 母親は、頭がめっちゃ良くて、良い学校に特待生で入学したりと、地元の期待の星だった 年が同じで、実家が近所だったが(ちなみに東京の下町)、別に幼なじみというほどでもなく 親父にとって母親はずっと高嶺の花の憧れのお嬢様で、恥ずかしくてまともに口も聞けなかったと 時は流れ、両親26歳のとき、院生だった母親に病院長の息子とかのお見合い話が来た その頃はもう真面目なクリーニング屋だった親父はその噂を聞いて大ショック 「失うものは何もない」と覚悟を決めて、母親に猛アタックをかけた 母親はまだ結婚するつもりなんてなかったし、よく知らなかった親

    うちの両親の馴れそめは結構笑える ―はてな匿名ダイアリー
  • https://anond.hatelabo.jp/20070928005712

    gymno
    gymno 2007/09/29
  • とあるまとめブログを二年間やっています

    恋人しか、それが私であることを知りません。 毎日毎日、分類して成型してUPしています。 たまに、むなしくなります。 コレ意味あるのかなと。 アフィもついてなければ、交流の為のコメント欄もなく、トラックバックも受け付けていません。ただひとつだけ、どのような層に需要があるのか知りたくて、アクセス解析をつけていますが、まとめの需要は、私の意図した層とは別の人々にあるようです。 当はあのような意図で見て欲しくないんです。けれども、このまとめブログに「私」は必要ありません。あの場所において、私は何一つとして主張をすべきではないのです。物事には色々な見方があります。その見方を考えるのは閲覧者で、私ではありません。 ただただ情報をUPするだけの、機械です。 機械は機械らしく、ただUPする事にします。 そして、壊れたら、辞めようと思います。

    とあるまとめブログを二年間やっています
  • Re:Re>頭のいい人が成功できるかどうかの境目

    http://anond.hatelabo.jp/20070224194128 逆にさ、人に教えてもらって成功したり能力を発揮できて当に楽しいかって考えたことがある? もちろんあります。いや、違うかもしれません。当の意味で考えたことはなかったのかもしれません。 当時の私が陥っていた思考の罠は、 「人に教えてもらうことは、所詮はお情けに頼ること。自分では何もできないということを認めること。これは屈辱だ」 というものでした。ここで思考停止してしまっていました。 ある意味では正しいのかもしれません。でも、当時わかっていなかったことがあります。「自分ではなにもできない」というのが紛れもない事実だったことです。これを認める勇気がなかったことが全ての敗因です。 私見ですが、研究者として必要な能力は二つあります。「何を(what)するか」と、「どうやって(how)するか」の双方です。 このうち、wh

    Re:Re>頭のいい人が成功できるかどうかの境目
    gymno
    gymno 2007/02/25
  • 気が違ってるのはどちらか

    ある日私は気が違った。世界の方が変わったとのだと思いたいが、常識的に考えると、やはり私の気が違ったのだろう。しかし、当にそうなのだろうか。私の気が違ったのではなく、皆の気がすでに違っていたのではないだろうか。私は今でもそのように思っている。 私の家にかわいい女の子がやってきた。名前はみい。照れ屋で少しはにかんだ笑顔がとてもかわいらしかった。彼女は人見知りをしたが、私には特別懐いてくれたので、私と彼女はよく遊んだ。場所はもっぱら近所の草原だった。なぜかうちにはハンバーガーがたくさんあった。父が何やらツテがあるらしく、私も大好きだったので、それをお昼ご飯に持って行き、ピクニック気分で毎日のようにでかけた。そこで私と彼女は二人で寝転がりながら、いろいろなことを話した。最近あったこと、そしてこれから先の将来のことを。私はかわいいお嫁さんになりたいな、と照れながら言った彼女の横顔が今でも忘れらない

    気が違ってるのはどちらか
    gymno
    gymno 2007/02/24
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