作品を見る 【参考】宮沢賢治 「毒蛾」: 私は一軒の床屋に入りました。マリオの町だなんて、仲々大きな床屋がありますよ。向側の鏡が、九枚も上手に継いであって、店が丁度二倍の広さに見えるやうになって居り、糸杉(いとすぎ)やこめ栂(つが)の植木鉢(うゑきばち)がぞろっとならび、親方はもちろん理髪アーティストで、外にもアーティストが六人もゐるんですからね、殊に技術の点になると、実に念入りなもんでした。 「お髪(くし)はこの通りの型でよろしうございますか。」私が鏡の前の白いきれをかけた上等の椅子(いす)に座ったとき、一人のアーティストが私にたづねました。 「えゝ。」私は外のことを考へながらぼんやり返事をしました。するとそのアーティストは向ふで手のあいてゐる二人のアーティストを指で招きながら云ひました。