なぜ靴下は片方だけなくなるのか教えてやろうか? 場末の酒場でウィスキーのグラスを傾けながら老人はそう言った。知らない人だ。 さあ、わかりませんね その問いかけに興味があって答えたわけではない。早めに会話を切り上げたかったのだ。酒と肴が美味い店、この店に求めるのはそれだけで、それ以上何も求めていない。酒の力を借りて社交的になることなって求めていなかった。このぶっきらぼうな答えにはこれ以上会話を続けるつもりがないという意思表示が含まれている。 それはな、両方なくなった靴下はなくなったことにすら気づかないからだよ おかまいなし老人は続ける。彼はニヤリと笑った。確かにそうだ。そもそも両足揃った靴下は記憶にすら残らない。当たり前だから。両方なくなった靴下は認識すらされない。余程お気に入りだとか、目立つ色だったとかしない限り靴下はあった痕跡を残さない。 つまり、靴下は特別に片方だけなくなったりしない、