自己犠牲は、基本的には人間にしかできないのだという。そもそも、あらゆる生物にとって、コストを切ることはそれを埋め合わせる見返りの期待があって初めて可能になるもので(レミングの集団自殺のエピソードに見られる「種の保存」というおはなしは、まったくのデタラメである)、その期待がないにもかかわらず何かを差し出すという人間の行為には、それがあまりにも特異だからこそ、「純粋な利他行動」だとか「無償の献身」として、ときに尊厳という価値までもが見出されることになるのだろう。 しかしながら、純粋な利他行動が人間に特有の行為だということは、その純粋な利他行動が全ての人間にとって可能であるということを意味してはいない。裏を返せばそれは単に「潜在的に可能である」というただそれだけの話であって、実現するかどうかとはまた別の事態である。 もしそんなことがいつでもどこでもできてしまう人物がいたとすれば、その人は、神か、