夕方、歩いていると、雲ひとつない空。 思わず立ち止まって見ていると、時間が止まったような不思議な感覚。 昼間に比べて若干温度が下がった涼しい風が、頬を撫でていく。 そして、その心地良さだけが、時間の経過をかすかに感じさせてくれるナ。 夕方は帰宅してのんびりするだけなので、ココロに多少の余裕がありまして。 なので、写真を撮ったら、再び風を感じながら朱に染まった空を眺め続けますね。 飽きるまで。 初夏~夏頃の私の楽しみです。
知り合いのご自宅へ寄らせて貰った時、庭に桜の木を見つけました。 何と、このお宅の桜は今が満開です。 驚きました。 遅咲きの桜なのでしょうか。 その美しさに写真を撮らせて頂けないか打診したところ 「どうぞ好きなだけ撮って行って」 と快諾して頂きました。 街中の桜は殆どが葉桜も過ぎたと言うのに、ここだけは春真っ盛りです。 真剣に撮っていると 「他の花もきれいに咲いたんだよ」 見ると腰より低い木それぞれに、小さな花が色とりどりに咲いています。 「何て言う花か解らないんだけどね…」 亡くなられたお爺様が育てていた花との事。 こんなブーケのような花もありました。 色は違いますが、同じ種類の花ではないかと思います。 せっかくなので桜と一緒に。 お邪魔にならないように早々に切り上げました。 丹精込め育てたお爺様の花。 時が過ぎて今年もきれいに咲いています。 思いもよらず良いものを撮らせて頂きました。
日大アメフト部の選手が危険な反則プレーをし、 関学大の選手にケガを負わせてしまった問題は、 多くの方がご存知だと思います。 また、日大の選手の記者会見、監督とコーチの記者会見、 そして本日、日大の学長の会見もあり、 ご覧になった方も多いのではないかと思います。 私もそれぞれの記者会見の様子をニュース番組の中で拝見しました。 私は、生涯において、 「人は、まちがえない、ということができない」 と思っています。 そして、そのまちがいが自分自身だけで済む問題ならば、 反省したり、学びの機会を得たと思って、 「後悔」をせず、または、「後悔」を終えて、 自己の「成長」につなげればいい、と思います。 しかし、そのまちがいが人に危害を与えてしまったものであるとき、 それは自分自身だけで済む問題ではなく、 「取り返しのつかないこと」になることもある、と思います。 人に「取り返しのつかないこと」をしてしまっ
昼のお弁当です。三脚は当然使わず(職場なんで)、スピードライトも使わず、ISOを3200まで上げて撮っています。食べものを撮影する条件としては、そんなにいい条件ではありません。本当は、三脚使って、光の方向と強さを調整し、ISO感度もできるだけ下げて(100など)撮りたいのですがね。 でも、そういう条件でばっかり写真を撮っていると、写真撮影に向いていないような条件の場合、なぜかココロが萎えてしまい、撮るのを最初からあきらめてしまったりすることがありました。それはつまらないので、家以外のところでも食べ物の写真を撮ったりするようにしています。与えられた条件で、とりあえず撮ってみるというクセを付けておくというか。また、近くにある道具を工夫して(例えば白い紙を折って立ててレフ板代わりに使うなど)使って撮影してみたり。意図的に不便な撮影を楽しむことで、頭を柔らかくしておくと、、、と言えば分かりやすいか
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く