お盆の間に中国の工場に出張してきた。この間なら他の仕事に影響ないし、中国は操業しているから……。今回は3日間だけだったけれど工場の現場作業者(製品検査の現場)に囲まれて仕事をしていて、思ったことをせっかくだからメモしておこうと思って。 中国出張自体は初めてじゃないけど、現場に入ってずっと一緒に過ごしたのは初めてだった。 現場作業者のお姉さん(私は4, 50代の女性をこう呼ぶ)たちはほんとにみんなずーっと喋ってる。楽しそう。声も大きい。別にお姉さんに限らずおじさんでも若い人でもそう。よく笑う。 空間を言葉で埋めないといけない、それが当たり前という感覚なんだろうか。例えば「シェシェ」(ありがとう)と言うだけでも「シェシェシェシェシェシェ」と繰り返し言う。とにかく言葉を繰り返す。会話だけじゃない。作業をしている間も一人ごとを言ってる。 あと自分は中国語がほとんど分からないけど、でも普通にガンガン
日本映画とアメリカ映画は音楽の使い方が違います。おおざっぱに説明すると アメリカ映画 既存曲を十数秒だけ使う。歌詞や曲の背景が映画のシーンを説明している。 日本映画 新曲を3分使う。歌詞にはあまり意味がなく、曲の背景はタイアップ目的。 という違いです。一応言っておきますがタイアップが悪いというわけじゃないです。それに安易なタイアップなら90年代から00年代にかけてのアメリカ映画とロック業界のタイアップのほうが酷かったです。 で、アメリカ映画で流れる曲には意味があります。ところが最近はその傾向が強すぎて、違う映画で同じ曲が同じ意味で使われることが多くなってきました。2018年に使われた音楽を解説します。 エロを使わずにエロを表現するときに『スーパー・フリーク』 『ボヘミアン・ラプソディ』で『スーパー・フリーク』が使われていました。リック・ジェームスの『スーパー・フリーク』は歌詞がかなり卑猥な
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