つくづく恵まれている。 ノーベル賞作家が、自作ぜんぶを読み直し、選びなおし、加筆修訂した定本のベスト版、これが1500円で釣銭くるなんて。どれだけ日本って有り難いのだろう。中毒性の高い大江節を読みながら、嬉しさにまみれる。 同時に、通して読むことで、時代性と普遍性のトレードオフが浮かび上がる。デビュー作『奇妙な仕事』や初期の『死者の奢り』『飼育』『セヴンティーン』を横断する、戦後日本の閉塞感やグロテスクな性のイメージが見える。面白いことに、この閉塞感やドロヘドロ感、もはや戦後ですらない現代にあてはめても伝わってくる。 たとえば、初期作品に共通して出てくる「粘液質の膜」や「無関心の甲冑」という概念。何かに熱中したり、怒りを持続させることもなく、あいまいで、疲れやすい「僕」を包んでいるものとされる。生の現実に触れられないもどかしさと諦めを正当化するための「膜」だ。作品によって、外部から隔絶され