恋愛の話題になると必ず湧いてくるやつがいる。「身長で選ぶのは差別」「年収で選ぶのは優生思想」とかいうやつだ。 まず大前提として整理したい。 優生思想が問題になるのは、社会・国家が制度として人間を選別・排除するときだ。強制不妊手術とか、特定属性への婚姻禁止とか、そういう話だ。旧優生保護法が批判されるのはまさにこれ。 個人が「この人とは付き合いたくない」と思うことは、これとは根本的に次元が違う。 そもそも恋愛・結婚という営みは構造上、全員を排除して一人だけを選ぶという徹底的に「差別的」な行為を内包している。それを社会は容認どころか祝福してきた。「この人じゃなきゃいやだ」という感情こそが恋愛の本質なのに、選別基準にいちゃもんをつけるのは矛盾していないか。 好みじゃない相手を断ることを優生思想と呼ぶなら、すべての恋愛は優生思想の実践ということになる。その言葉はもはや何も意味していない。 言葉の解像

