山本八重の生涯をあらすじで紹介する実話「山本八重の桜」のあらすじとネタバレシリーズ「松平容保が京都守護職に就任した理由のネタバレ」編です。 このページは「樋口うらと川崎正之助のあらすじとネタバレ」からの続きです。 実話「山本八重の桜」の目次は『実話「新島八重の桜」のあらすじとネタバレ』をご覧ください。 ■会津藩主の松平容保が京都守護職に就任 1853年に黒船が来航して以降、開国か鎖国かの論議がわき起る。「尊皇攘夷」の名の下に改革の嵐が吹き荒れ、京都では尊皇攘夷派による暗殺などが相次ぎ、治安が乱れていた。 そこで江戸幕府は京都に京都守護職を置くことに決め、会津藩主の松平容保(まつだいら・かたもり)に京都守護職を要請した。 本来、有事の際には彦根藩(滋賀県)の藩主・伊井家が京都守護職に就く事になっていた。 しかし、彦根藩主の井伊直弼は2年前(1860年)に起きた「桜田門外の変」で暗殺されたため