ひとを「尊敬」するという感覚はなかなか理解が難しいもので、私はなんとなく「すごい」と思うことが「尊敬」だと思っていたのだけれど、でもそれはあきらかにたどたどしい理解で、「尊敬」という言葉がこの世になかったのなら、絶対にそうは思わなかっただろうともわかる。先日、ある方と対談をさせていただいて、この感覚が「尊敬」だ、と思い知った。この感覚はまだ知らなくて、だから名前をつけてみようかと思い立って、それから「尊敬」という言葉にたどり着く、そんな健康的な気づきだった。憧れることや、かっこいいと思うこと、そういったものとも少し違って、それらを超えたところにある「その人がこの時代にいてくれて良かった」という安堵。昔、他者にあこがれるというのは非常に不健全だな、と私は思っていたのだけど、この安堵は自分自身のアイデンティティを否定したりはしない、とても自然なものだった。ひとには友達がいても恋をしても兄弟がい