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考え方と日本語に関するhiruhikoandoのブックマーク (2)

  • 「という」と「こと」を減らすだけで、文章はぐっと読みやすくなる|Ryo Yoshitake | THE GUILD

    と思っている話です。もはやタイトルでぜんぶ言ってしまった。 せっかくなのでもう少し続けます。 2020/05/03追記:第二弾?書きました このがまだ初稿になる前、共著者のみなさんと執筆真っ最中の頃に何度か打ち合わせがあったのですが、そこで「書籍的な文章を書き慣れてない人って、"という"と"こと/もの"を多用しがちなので、この2つを抑えるだけでも文章がシュッとするんですよ」とお話したら思ったより反応があったので、これは需要があるんじゃないかと感じたのがきっかけです。 ここから先は具体例を交えて解説していきます。 さすがに他人様のテキストを使うのは気が引けるので自分が書いた記事を例に挙げます。……でも自分はこのテクニックを使うようにしているので、該当する記事がなかなかないんですよねぇ……と思ったらあった! (よりによってこれか……せっかくなので皆さんスタァライトを観ましょう!) 記事中では

    「という」と「こと」を減らすだけで、文章はぐっと読みやすくなる|Ryo Yoshitake | THE GUILD
    hiruhikoando
    hiruhikoando 2019/04/10
    いわゆる日本語の「あいまいさ」を削ってより主語述語の関係をくっきりさせる手法。責任が明確になるが隙がない分間違った情報は書けなくなる。
  • 所感や私感を「ポエム」と呼ぶのをやめろ

    詩を名乗る以上韻律や抒情を持ち、言葉は厳しく吟味されているべきではないか。 詩のこの厳しさと一般の文章を対比して、「散文的(まとまりがなくとっ散らかった)」という表現が生まれたくらいである。 Qiitaの「ポエム」タグは技術的な視座からでなく、詩的観点から批評を浴びせられるべきだと思う。 そして「ポエム」を名乗りつつも詩の体をなしていないものは即非公開にし、投稿者は出入り禁止に付すべきである。 かような厳しい批評を受ければ、「ポエム」を軽々しく名乗ることも減り、「所感」や「私感」と言った適当な表現に落ち着くのではないか。 現状のような倒錯が続けば技術コミュニティの疲弊が進むのみならず、詩を含む文芸全般への軽視の風潮さえ招きかねないと危惧する。

    所感や私感を「ポエム」と呼ぶのをやめろ
    hiruhikoando
    hiruhikoando 2018/05/06
    理系には文学に対するルサンチマンが強いよねえ…。社会学系もそうだが。
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