はじめてネクタイを締めた日のことを時々思い出す。僕には忘れられない「はじめてのネクタイ」が二つある。ひとつめは普通のネクタイで、僕は父からその締め方を教わった。親戚の葬儀に出るときに父が僕の前後左右に立ち悪戦苦闘しながら教えてくれたのだ。この人はどうしてネクタイを締めるのが下手なんだろうと可笑しくなったのを、つい昨日のことのように思い出せる。ネクタイの締め方を人に教えるのはなかなか難しい。僕がそれを思い知らされたときには微笑み返してくれるはずの父は既に亡くなっていたのだけれど。 就職してからはほぼ毎日ネクタイを締めている。スーツにネクタイ。それをかつての上司は「サラリーマンにとっての鎧と刀だ」と言っていた。僕はスーツとネクタイがなかなか似合っているらしく、妻からは毎日、キャバ嬢からは毎回、誉められる。「カッコいい」「似合っている」。誉められたり虐げられると伸びる性分なので、休日もスーツにネ