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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (7)

  • 忌避される愛あるいは憎しみ - 傘をひらいて、空を

    扉が勝手にひらいて彼は凍りついた。反射的に目を逸らし不審にならない程度に彼女の目から離れたところ、彼女の右の耳朶のあたりに視線を戻し、儀礼的にほほえむ。彼女はドアノブを持ったままどうぞと言う。オフィスの入り口の扉だから反対側に誰かがいて同じタイミングで開けることは珍しくない。たいていの人がたいていの相手にドアを押さえておいてあげる。どうぞ。ああどうも、ありがとうございます。 彼はただそれだけのことを済ませるために、午後いっぱいの作業より多くの体力を使った。自席に戻ると特有の脱力感がおとずれた。それは彼の覚えているかぎり彼女と向きあったあとにだけ発動する感覚だった。無事に逃げてきたような感慨を、彼はおぼえた。皮膚感覚が鋭敏になり、サーキュレータの風が当たっている部分がどこからどこまでかまできちんと感じ取ることができた。足の裏の皮膚に触れている下の布地の糸のからみあっているようすとそこに含ま

    忌避される愛あるいは憎しみ - 傘をひらいて、空を
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    hvc-001 2012/09/11
    忌避というわけではないけれど、歳をとるとよくわからないものに波風を立てられたくない気持ちにはなる。期待を維持する体力が無くて思い切れないというか。
  • 悪いお菓子 - 傘をひらいて、空を

    入社時期が近い十人ばかりと飲んでいて最近どうよと訊かれたのでふつうと彼はこたえる。そっちはと返すとがんばってるようとマキノはこたえてビールをごくごく飲んでいる。両手でジョッキを持って慎重に飲んだりしない。二の腕が太いと彼は思う。二の腕が太い、色が白い、鎖骨が太い、笑うと小じわが多い。わかっていたら笑わないはずなのに平気で笑うからきっとわかっていないんだろう。 近況を訊かれて当然のように仕事の話って荒んでるんじゃないと別のひとりが言い、そうかあとマキノが感心する。うん、ご家庭とか彼氏彼女とかそういう話したほうがいいよねえ。こいつら俺の彼女の話なんか聞きたくもないくせになんでそういう質問するかなと彼は思う。それからこたえる。飲み屋の姉ちゃんとつきあってる。すてきとマキノは言う。バーテンダーさんとかかしら。彼は呆れてキャバ嬢キャバ嬢とこたえる。いいねえ、つけ睫毛ついてる?髪の毛盛ってる?ぜんぶの

    悪いお菓子 - 傘をひらいて、空を
  • 僕は忙しくない - 傘をひらいて、空を

    久しぶりに彼が参加するというので楽しみにしていた。その会合は仕事がらみで成立した集まりではあるけれど、参加者の年齢が近くて直接的な利害関係が薄いので、行って話すとなんとなく元気になる。 彼はずいぶんと多忙な職場にいて、子どもが生まれて一年くらいで、それだから、まだ来られないかと思っていた。彼は頭の回転が速く私の毛嫌いするたぐいの偏見を持たず言葉遣いが快く、時おり抑制された毒気を含み、話していてたのしい。 今日はカナツさんが来るって聞いたから来ましたと言うと彼は衒いなくほほえみ、どうもありがとうとこたえた。もてるねえと誰かが言い彼は苦笑してマキノさんは僕と話すのが好きなだけですよと説明する。色恋沙汰じゃなくってももてるって言う用法が広がればいいのになと私は思う。 ひとしきり互いの近況を話して、カナツさん忙しいですねえと私は言った。彼は視線を落としてから、持ち時間はあまり多くないですね、とこた

    僕は忙しくない - 傘をひらいて、空を
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    hvc-001 2011/08/03
    "僕はその昔、忙しい忙しいと、そればかり言っていました、でもそれは他人をないがしろにするためのおこないだったんです、それに気づいたから、やめました。"
  • 彼は何を詐取したか - 傘をひらいて、空を

    渋滞は地の果てまで続くように思われた。地の果ては見渡すかぎりの断崖絶壁で(地動説なんて真っ赤な嘘だったのだ)、渋滞の先頭に達した車がざあざあ落ちていく。高速道路には逃げ道がない。この車を乗り捨てて逃げなくては。 私がそのような妄想に浸っていると、寝る、と運転手が宣言した。みんなが寝たら私も寝る。寝ない寝ないと私たちは約束した。私たちはすでに、久しぶりに会った古い友だちとする話をひととおり済ませていた。なにしろ旅行中だから、話す時間が長い。 怖い話をしよう、と隣の友人が言って、順繰りに手持ちの怪談を披露した。最後に残った助手席の友人がゆっくりと振りむいて、言った。私のは怖いよ。 彼女の会社の同期にひとりの男性がいる。配属部署が遠いからふだんの仕事では接点がない。ある日、彼の上司が彼女を訪ね、ちょっと教えてもらいたいんだけど、と言った。あのね、彼、同期の、どうかな、なにか、気になることはありま

    彼は何を詐取したか - 傘をひらいて、空を
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    hvc-001 2011/08/03
    自分もこんなだった。ある日鏡をみるみたいにこんな自分そっくりの人間を見て恐怖して驚くほど簡単に改まった。でもこういった自分を見るための鏡は似た人を見つける以外ないんだよね。怖くて恐ろしい。
  • 仮定による傷、処方としての贈与 - 傘をひらいて、空を

    災害のためでなく、もとより私たちのあいだには電話を使う習慣がなかった。ふたりともけちなのだ。だからおしゃべりにはskypeを、それが普及する前はチャットを使っていた。 私は内心、skypeがある時代でよかったと思っていた。たいした被害も受けていなかったのに、人の声を聞いたら肩の力が抜けた。人の声がことのほかいいものに感じられた。 彼女は茨城のご両親の無事を報告し、それから、募金どこにするのと訊く。赤十字かなと私はこたえる。うちの会社もやるんだと彼女は言う。その発表したらなんかね、きたよ、偽善者ー!みたいな匿名メール。うちみたいなちっちゃい会社にそんなメール送ったっていいことなんにもないのにね。うちの関係者なんだろうけど。 糾弾はある意味でもっとも簡単な参加の方法だからねと私はこたえる。私は思うんだけど、こういう大きな災害とかって、自分の中に位置づけるのがけっこうたいへんなんだよ、直接被災し

    仮定による傷、処方としての贈与 - 傘をひらいて、空を
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    hvc-001 2011/03/15
    多くの 誰か の感情を冷静に分析して口にする自分を「性格がわるい」と自覚することで何らかのクッションにする自分自身になんとも言えない気持ちにいつもなる/そうだ。誰かに保証してもらいたかった。
  • 間がもたないデートと精神的な内臓 - 傘をひらいて、空を

    私が電話に出るなり、あのさ、彼氏とどんな会話する、と彼は訊いた。彼氏によると私はこたえた。相手によって話題は変わる、友だちと何しゃべってんのって訊くのと同じで、具体的な内容を答えられる質問じゃないね。 めんどくせえ女だなあ、今までの誰かひとり適当に見繕って答えてくれってことだよ、空気読め、と彼は言った。なんで私があなたの吐いた空気を読む義務があるのと私は訊いた。彼は楽しそうに笑った。彼は会話の中で軽くやりこめられるのが好きだ。 私は携帯電話を耳に当てたままベッドに寝そべって話す。まずは好きって言うよね。そんなん一秒で終わるだろと彼は言う。二文字じゃん。わかってないなと私は言う。好きにもいろいろバリエーションがあるの。褒めるとか。人によってはなに着ててもまずは褒めてくれる。なにも着てなくても褒める。どうかすると電話に出ただけで「相変わらずかわいいねえ、声がとても」とか言う。 狂ってると彼は言

    間がもたないデートと精神的な内臓 - 傘をひらいて、空を
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    hvc-001 2010/07/19
    私の彼に対する「お互いの精神的な内臓みたいなものに関する情報も持っていたほうがいい。」という提案を温度をはかってからしているというのがとても大切な部分だと感じた。
  • 新しいから傷つける - 傘をひらいて、空を

    友だちの家のPCの動作がおかしいというので見にいった。だいぶ古くて起動に十分もかかる状態だったので、さしあたり彼女が必要としているDVDの再生ができるようにクリーンインストールすることにした。 彼女の仕事用の携帯電話が鳴り、彼女は私にことわって出た。はい、いつもお世話になっております。いえいえ、はい、なるほど、担当がそのようなことを申しましたか。 彼女は五分ほど電話で話しつづけた。ほとんどは相槌だった。いろいろな種類の、さまざまな重さの、一定以上の温度を保った相槌だ。彼女はそのあと、仕事にしてはいささか親しげに短く笑って、いいえ、いいんですよ、と言ってから電話を切った。 私はBIOSを確認し、それを覗いた彼女はなんだか怖そうな画面、とつぶやく。怖くないよ、これはWindowsの下に入っているソフトなんだよと私は説明する。 ディスクがかりかりと音をたてて書きこみをはじめる。私は彼女の出してく

    新しいから傷つける - 傘をひらいて、空を
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    hvc-001 2010/06/27
    けっこんしてください!!!
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