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  • ケータイ小説を笑うまえに。 - Something Orange

    題に入るまえに、一篇の詩について話しておきたい。北村薫の『詩歌の待ち伏せ』に掲載されていた詩である。 詩歌の待ち伏せ 1 (文春文庫) 作者: 北村薫出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2006/02/10メディア: 文庫この商品を含むブログ (20件) を見る 詩歌の待ち伏せ 2 (文春文庫) 作者: 北村薫出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2006/03/10メディア: 文庫この商品を含むブログ (13件) を見る わずか3行。 れ ママ ここに カンガルーがいるよ 詩といっても、まだ字を知らない3歳の子供が口にした言葉を親が書きとめたものである。北村は、この「詩」を、雑誌『VOW』で目にしたらしい。 ご存知の方も多いと思う。投稿者が身の回りで見つけた奇妙なものを掲載しているだ。そのの、「詩人の血」と題するコーナーに、この詩は掲載されていた。 もともとは、読売新聞に掲載され

    ケータイ小説を笑うまえに。 - Something Orange
  • Something Orange - 作品のジャンルは書き手の意思では決まらない。

    当事者である作り手の人たちと仕事で直にやりとりをしつつ、少し距離を置いて彼らのことを観察している身として、なにか物が言ってみたくなったので、まとまっていませんが思いつくままに書いてみたいと思います。 ライトノベルの定義論争を読むと、なんとも微妙なモヤモヤした気分になります。近いものをあげると、東浩紀氏の評論を読んだ時に感じる気分。「どんな風に考えるのも個人の自由ですけど、俺らや作家はそんなこと考えて物作ってませんぜ」みたいな。自分たちが意識していないことにラベルが貼られていくことに対する、違和感みたいなもの。 ――「ライトノベルの定義論争と、電撃文庫がライトノベルという言葉を使わないこと」 えっと、「自分たちが意識していないことにラベルが貼られる」ことは、ごく普通のことだと思います。 ライトノベルだけじゃなく、凡そ小説とはすべて、書き手/作り手の思惑を超えて読まれるものです。 読者には自由

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