吉海 直人(日本語日本文学科 教授) 鰯(いわし)は昔から庶民の食べる安価な魚で、平安朝の貴族が口にするのは卑しいとされていました。ところが紫式部は大の鰯好きで、夫宣孝に見つからないようにこっそりと隠れて食べていたとのことです。実はこの話、もとは紫式部ではなく、和泉式部の鰯好きとして語られていました。それは『猿源氏草子』という御伽草子に出ています。和泉式部は鰯が大好物で、夫保昌の留守中にこっそりあぶって食べていました。 ある日のこと、夫が出かけたので、いつものように鰯を焼いて食べていたところ、突然夫が戻ってきました。慌てて隠しましたが、帰宅した夫は部屋中に焼いた鰯の匂いがしていたことから、和泉式部がこっそり鰯を食べたことを見抜きます。そして、卑しい魚がお好きですねと冷やかしました。すると和泉式部は即座に、 日のもとにはやらせたまふ石清水まいらぬものはあらじとぞ思ふ と歌で反撃しました。 こ