ヤンキーにあらずんば人にあらずというような田舎にうまれて、一番先生に見つかりやすそうな場所で煙草を吸うこととか、一番多く校舎の窓ガラスを割るとか、一番早く退学になったやつが偉いというルールの、そんな中で、太宰がどーのとかブローティガンがどーのとかいう話題をふれる友達なんてできるはずがないじゃないですか。 高校を卒業して地元を離れるまで、おすすめの小説を勧めあったり貸し借りしたり、感想を話したりそれに共感したり討論したりする関係性があるなんて思ってなくって、私にとって読書は延々孤独な作業で、その秘密は少しだけ心ときめく部分もあったけれど諸手を挙げては歓迎できない閉塞感が、やっぱりずっしりあったのです。 そのときはそれが普通で真理だったんだけど、上京して、普通に小説を読んでいる同年代の友人が初めて(はじめて!)できて、青春時代の自分はなんてなんて不幸だったんだろうとやっと気がつくことができまし
ニワンゴで知り合った男性。 同い年なのと、メールのやり取りをしたときのなんとなくスムーズな感じから、また隣県だったので、 「異性だけどセックスはなしで!」と冗談ぽく念を押して飲む約束をした。 最初にメールをして三時間後、私は一時間と650円をかけてその人の家の近くの駅に行った。 気持ちは「なんかあってもまあいいか」だった。 待ち合わせ場所に来た人は、服装からあまりもてなさそうな印象の大学生だった。 居酒屋に行って、よくメールで人と会うの?と聞かれて、正直にこれが最初だと言った。 大学の話を聞かせてもらったり、自分の話も聞いてもらって、 相手の相づちや話し方から、相手が私にとって話しやすいタイプの人であることを知った。 二回くらい「本当にくるとは思わなかった」と言われた。 私も、自分が顔も知らない人と会う約束をするとは思ってなかった。 深夜彼の家にいって、棚にある漫画を読んで(私はジャンル関
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