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親子に関するihokのブックマーク (5)

  • 母が毒親の一線をこえたあの日、子供時代が終わってしまった|瀧波 和賀|note

    去年書いたトトロの記事に、大きな反響をいただいた。 今からはじまる物語は、この記事の「ゼロ話」である。 小学3年生の初夏。 9歳になったばかりの私は、「子供の権利」を手放した。 これは、私の子供時代が、無残に終わってしまった日のお話。 ずっと消えない壊れた時間が、いまもここに、残っている。 親の毒を味わうしかない、サビシイ子供だった「わたし」から、今日もどこかで子供と関わる、すべての人へ。 「好きじゃない方の子供」だった、わたしひとつ年下の弟がいる。 3歳くらいのときから、母は私よりも弟のことがカワイイのだな、とハッキリ理解していた。 誰になにを言われるでもなかったが、ちょっとした声かけや態度の差から、幼いながらに読み取れたのだ。 例えば保育園の帰り道。 歩いていて転んだとき、母は私に「も~なにやってんのよ、大丈夫?」と迷惑そうな視線をよこした。 しかし弟が転んだ時には、言葉より先にかけよ

    母が毒親の一線をこえたあの日、子供時代が終わってしまった|瀧波 和賀|note
  • 貧困ってこういうこと?

    モヤモヤしてどこかに吐き出したいけど友人に話す内容じゃないし便所の落書きだとおもってここに書きます。 私は地方の実家在住二十代前半高卒会社員。 幼少期の頃から親は家庭内別居状態で学生の頃に離婚。 今いる会社に嫌気がさしてきた。 (企業風土、男女差別など) ここ1年くらいずっと転職したいなと思いながら毎日仕事をしている。 このままこの仕事を続けたとして実家に給料の1/3を入れながら住まわせて貰いうには困らない生活はできる。 仕事人生の時間の1/3を占めるという言葉をテレビドラマか何かで聞いたときに血の気が引いた。 転職したいなと思いながら、でも今の会社は安定しているからと自分を騙しながら働き続けたとしよう。 でもよく考えてみると安定なんてあってないようなものであり、いつクビになってもおかしくない。 ある日突然社会に放り出されたとして何のスキルも持たない自分が生きていけるのだろうか。 この

    貧困ってこういうこと?
  • 日曜日に

    へ 驚くべきことが起きました! 娘から デートに誘われたのです 7月2日、日曜に 横浜アリーナでライブがあり 娘は当は 友達と行くつもりだったそうですが 友達がどうしても行けなくなったので 代わりに僕を誘ったとのこと でもまだ決まりではありません 月末の金曜までに 誰か他の人が見つかれば そっちと行くそうです 要するに僕は 最後の手段 ギリギリの 補欠要員です 僕は平静を装って どちらでもかまわないよ それじゃあ一応 日曜は空けておくよ と言いました しかし内心は 冷静なはずがありません まさか娘が 僕をライブに誘うなんて! そんなことは 一生無いと思ってました 娘が小5の時に 君が死んで しばらくは父娘で 仲良くやってたつもりでしたが やはり君がいなくなってから 家の中は 彩度や明度が落ち 音楽テレビの声も シャカシャカと味けが無くなり 二人ではどうにもならなかった カラ元気は

    日曜日に
  • 娘のインスタグラムを夜な夜なチェック。その自撮りポーズの真似して比較画像を投稿し続ける父親のいる風景 : カラパイア

    アメリカ、ワシントン州に住むクリス・マーティンは10代の娘であるキャシーのインスタグラムのアカウントを発見。彼女がアップする自撮り写真をくまなくチェックし、その姿を真似て比較画像として自らのインスタグラムのアカウントに公開するという暴挙に出たようだ。 ソーシャルメディア上で辱めを受けてしまっている娘さんの気持ちを思うとせつなくなるが、ある意味これも父親の愛なのだろう、きっとそう。

    娘のインスタグラムを夜な夜なチェック。その自撮りポーズの真似して比較画像を投稿し続ける父親のいる風景 : カラパイア
  • 『子どもの育ちに必要なのは、ボーっとする時間』その理由とは?

    最近では、小学校に上がる前から水泳や、英語、ピアノなどのお稽古ごとや、塾などに行き始める子どもも、たくさんいるのではないでしょうか。そう考えると今の子どもたちって、かなり多忙な気がします。 忙しい上に、遊び場がなかったり少子化の影響もあるのでしょうか。 実際、子どもが遊んでいる姿を街ではあまり見ない気がします。 そこで、京都大学教授で臨床心理学の先生でもある河合隼雄さんの著書『「子どもと学校」(1992)岩波新書』に面白いことが書いてありましたので、引用させてもらいます。

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