図形消滅パズルがわが国で一般に知られるようになったのは、坂根厳夫が朝日新聞に「消える妖精」を紹介(1976年)して以来のことであるが、この仕掛はかなり古くからあった。 最初の大ヒットとなったのは、サム・ロイドの項で触れたサム・ロイドの「地球追い出しパズル」[1]である。これは彼が1896年に創案して特許を取ったものであるが、彼の生前に一千万個を売ったという。最初内側の円盤の矢印をN.E.に合わせると、円盤には13人の中国兵の柄が描かれている。ところが、内側の円盤の矢印をN.W.に合わせると、兵士の数が一人減って、12人になってしまうのである。 この図形消滅パズルの原理を示したのが[2]である。Aには10本の平行線が描かれているが、この紙を対角線に沿って切り、直線1本分だけ上の紙をずらすと、Bのように線が1本減って9本になる。その代わり、それぞれの線は少しずつ長くなり、増加分の合計がちょうど