「ウェブリブログ」は 2023年1月31日 をもちましてサービス提供を終了いたしました。 2004年3月のサービス開始より19年近くもの間、沢山の皆さまにご愛用いただきましたことを心よりお礼申し上げます。今後とも、BIGLOBEをご愛顧賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。 ※引っ越し先ブログへのリダイレクトサービスは2024年1月31日で終了いたしました。 BIGLOBEのサービス一覧
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皆さんが回答なさっているように、「あえて」テーマを考えさせてそれをサポートするという研究体制を取っているなら素晴らしい研究室かもしれません。あなたに強制的にやらせて鍛えさせるという魂胆なら、必至こいてついていくしかないでしょう。 ただし、現実的にはテーマを考えるのが面倒とか、あまりよいテーマがないからとりあえず考えさせてきまぐれにテーマを与えられたりするという教授がいるのも事実です。ある意味修士ならかなり適当にやっても卒業できてしまうので、テーマがボロボロでも教授に被害が行くことはないのが問題なのかもしれません(もちろん裏では指導力とか噂されるでしょうが、、、)。ただ、学生からすればそんな適当な考えでやられてはたまりませんよね。修士といえどある意味人生かけているわけで、学部生以下の内容でおわったらそれこそ自分のプライドが許さない、でもそういうテーマが見つけられるだけの考え方やそもそもできる
さて「何を書いてもいい」と言われると、逆に困るのが人の性。 無限の可能性に包囲されていては、一歩も進めまい。選択肢を切り落としていく必要があるのだ。 研究や論文のテーマは「狭い」ほどいい。 あまり狭くて特殊なテーマだと「参考文献」がなくて困ります、という人がいるが、本当に「無い」のならこんなにいいことはない。 第一人者になれるではないか。 しかし大抵は、探し方が悪いか、探しているものが間違っているかのいずれかである。 自分が取り組もうとしている研究対象について扱った文献がないことと、参考文献がないことはイコールではない。当たり前だ。 なんでこんな勘違いが生じるかといえば、参考文献に教えてもらおうという魂胆があるからだ。 変な言い方だが、参考文献は、あなたが期待するような〈参考〉にはならない。 参考文献は、ムスッとして愛想のないのが普通だ。 こちらから踏み込んで聞き出してやらないと、ぎゅーぎ
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